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圏論入門

モノイダル圏とストリング図 並列と接続を描いて考える数学

公開日 / 更新日

普通の圏には、処理を順番につなぐ合成があります。しかし、二つの処理を互いに干渉させず同時に置くことや、二つの資源を一組として扱うことは、圏の公理だけでは表せません。回路、量子過程、型、ゲームでは、順番と並列の両方が必要です。

モノイダル圏は、圏にテンソル積⊗と単位対象Iを加え、並べる操作を扱えるようにします。ストリング図は、その構造を線と箱で描く記法です。単なるイラストではありません。図の変形がモノイダル圏の等式に対応する、厳密な計算言語なのです。

直列だけでは表せない並列の操作

射f: A → Bとg: C → Dがあるとき、通常の合成g∘fはBとCが一致しなければ作れません。一方、二つを横に並べるなら、入力AとCを組にし、出力BとDを組にした射f⊗g: A⊗C → B⊗Dを考えられます。

⊗が何を意味するかは圏によって変わります。Setでは直積、ベクトル空間ではテンソル積、論理では文脈の結合、回路では端子の並置として現れます。記号が同じでも中身は同一ではありません。結合と単位に共通する法則を持つ点が重要です。

モノイダル積と単位対象の役割

モノイダル圏(C,⊗,I)には、対象と射を二つずつ組み合わせる双関手⊗と、何もない並列成分を表す単位対象Iがあります。A⊗IとA、I⊗AとAは自然同型です。

また(A⊗B)⊗CとA⊗(B⊗C)も結合子と呼ばれる自然同型で結ばれます。文字どおり等しいとは限りませんが、括弧の付け替えは一貫して行えます。モノイドの結合律と単位元を、対象と自然同型の水準へ引き上げた構造といえるでしょう。

コヒーレンスが括弧の曖昧さを制御する

自然同型を自由に入れるだけでは、A⊗B⊗C⊗Dの括弧を変える複数の道が一致する保証がありません。モノイダル圏では結合子と左右の単位子に五角形・三角形のコヒーレンス条件を課します。

マックレーンのコヒーレンス定理により、結合子と単位子だけから作られる正当な図式は可換になります。そのため実際には括弧や単位対象を省略し、テンソル積が厳密に結合的であるかのように計算できます。省略が許されるのは曖昧さを放置したからではありません。背後に一貫性の定理があるためです。

対称性が二つの線の交換を可能にする

対称モノイダル圏では、A⊗BからB⊗Aへの自然同型σA,Bがあります。二回交換すれば元へ戻り、結合子とも整合しなければなりません。ストリング図では二本の線を交差させて表します。

すべてのモノイダル圏が対称とは限りません。組みひも圏では線の上下を入れ替える操作に向きがあり、交差を二回行っても単純には消えない場合があります。量子群や低次元トポロジーでは、この非対称な交差そのものが情報を持ちます。

箱と線で射を描くストリング図

ストリング図では、対象を線、射f: A → BをAの線が箱fへ入りBの線が出る図として描きます。射の合成g∘fは箱fの出力を箱gの入力へつなぎ、テンソル積f⊗gは二つの箱を横に並べます。

式の縦横が、順次実行と並列配置という二つの構造へ対応します。

図の上から下、または左から右という時間方向は流儀によって異なります。重要なのは、接続された境界の型が一致することです。型が合わなければ、線をつないで一つの射を作ることはできません。

図の連続変形が等式を表す

箱や線の接続関係を変えずに図を伸縮しても、表す射は変わりません。箱を少し移動したり、直線を曲げたりしても同じです。これは見やすさのための慣習ではなく、モノイダル圏の結合律や単位律を幾何学的に表しています。

対称モノイダル圏では、交差の扱いにも法則があります。図の変形で証明できる等式は、対応する代数式の等式にほかなりません。長い括弧と恒等射に埋もれやすい計算を、接続の保存という視覚的な条件へ移せます。

交換法則が直列と並列を整合させる

f: A → B、f’: B → C、g: X → Y、g’: Y → Zを考えます。先にfとgを並列に置いてからf’とg’を並列に置いて合成する結果は、各列で合成してから並列に置く結果と等しくなります。

式では(f’⊗g’)∘(f⊗g) = (f’∘f)⊗(g’∘g)です。この交換法則があるため、大きな図を部分ごとに計算しても、全体を一度に合成した結果と一致します。並列性は単なる表示上の横並びではありません。圏の合成と協調する操作なのです。

閉モノイダル圏が関数を対象の内部へ入れる

Setでは、A×BからCへの関数は、Aから関数集合CBへの関数と対応します。Hom(A×B,C) ≅ Hom(A,CB)という関係でしょう。このようにテンソル積−⊗Bが右随伴[B,−]を持つなら、そのモノイダル圏は閉じていると呼ばれます。

関数や射を圏の外の集合として眺めるだけでなく、内部Hom [B,C]という対象として扱えます。型付きラムダ計算のカリー化、線形論理、テンソル積とHomの関係に現れる構造です。内部Homがなければ、その資源を使う過程を圏の対象として扱えません。

双対対象が線を曲げる操作を可能にする

対象Aに双対A*があると、評価A*⊗A → Iと余評価I → A⊗A*という射を持てます。ストリング図では、線を曲げたカップとキャップとして描かれます。

二つをつないで線を曲げ戻すと恒等射になる蛇行恒等式が必要です。この構造によって、入力を出力側へ移したり、トレースを定義したりできます。有限次元ベクトル空間、量子過程、結び目の不変量などで、線を曲げる図が厳密な代数操作になりました。

量子回路で過程の合成を表す

量子情報では、系を対象、量子過程を射として扱い、複数の系をテンソル積で組み合わせます。ゲートを順に適用する操作が合成、独立したゲートを並べる操作がモノイダル積です。

ただし、抽象的な対称モノイダル圏だけで量子力学のすべてが決まるわけではありません。線形性、内積、完全正値写像、確率など、採用するモデルに応じた追加構造が必要です。ストリング図は過程の接続を明確にしますが、物理法則の選択まで代行しません。

線形論理が資源を複製できない状況を扱う

通常の集合では、要素を対角写像x↦(x,x)で複製し、終対象への写像で捨てられます。しかし一般のモノイダル圏には、A → A⊗AやA → Iが自動的には存在しません。

この制約は欠点ではなく、資源を自由に複製・破棄できない状況を表します。線形論理では前提を何度でも使えるとは限らず、量子情報では未知の量子状態を完全複製できません。線の分岐を勝手に描けないことが、モデルの本質を守ります。

回路図とストリング図の似ている点・違う点

電子回路図もストリング図も、部品を箱、接続を線で表します。しかしストリング図の線は必ずしも電線ではなく、型や系、資源を表す抽象的な境界です。箱も物理部品とは限りません。関数、証明、量子操作まで表せます。

共通するのは、部品の内部より接続可能性を前に出す点です。異なる応用が同じ図式言語を使えるのは、対象の中身が同じだからではありません。直列、並列、交換、フィードバックなどの合成構造が同じだからです。

図は直感ではなく型付きの証明言語

図解は誤解を招くこともあります。線が近いだけで接続されたように見えたり、三次元ではほどける交差を二次元の等式と混同したりする危険があるからです。どのモノイダル構造、対称性、双対性を仮定した図なのかを明示しなければなりません。

一方、意味が定められたストリング図では、図の正当な変形が代数的等式と対応します。図は説明を飾る補助物ではなく、型検査と推論規則を持つ表記体系です。この往復がなければ、図は計算言語ではなく説明用の絵にとどまるでしょう。

厳密化定理が「括弧を省く」実務を支える

任意のモノイダル圏は、モノイダル同値の意味で厳密モノイダル圏へ置き換えられます。厳密圏では(A⊗B)⊗CとA⊗(B⊗C)、A⊗IとAが文字どおり等しいものとして扱われます。

これは元の圏で結合子が不要だったという意味ではありません。構造を本質的に変えず、計算しやすい同値なモデルへ移せるという定理です。ストリング図で括弧を描かなくてもよい背景には、コヒーレンスと厳密化という二段の保証があります。

トレースが図の出力を入力へ戻す

トレース付きモノイダル圏では、射f: A⊗X → B⊗XのX出力をX入力へ戻し、TrX(f): A → Bを作れます。ストリング図では一本の線を曲げてループにする操作です。

制御系のフィードバック、再帰的な計算、信号流グラフなどに対応します。ただし抽象的なトレースの存在は、数値計算の収束や物理系の安定性を保証しません。接続の形式と、各応用で必要な解析条件を分ける必要があります。

順序と並列を一つの数学に収める

通常の圏が「次に何をつなぐか」を扱うなら、モノイダル圏は「隣に何を置くか」も扱います。合成とテンソル積の二軸がそろうことで、過程、回路、証明、計算を部品から組み立てられます。

ストリング図が与える最大の利点は、抽象概念を親しみやすく見せることではありません。括弧や恒等射を省きながら、合成の情報は失わないことです。接続関係だけを残して計算できるため、圏論の「構造を保つ抽象化」が目に見える形になります。

参考資料

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