本文へ移動
世界と暮らしの疑問を整理する知識ポータル
圏論入門

表現可能関手とは何か 関手を一つの対象で表すという発想

公開日 / 更新日

温度計の役目は、目に見えない温度を数字として表すことです。数字そのものが温度なのではありません。それでも、異なる場所や時刻の状態を比べるには、同じ規則で得られる数字が大きな助けになります。圏論の表現可能関手も、これに少し似ています。対象に応じて変化する情報を、ある一つの対象から出る射、または一つの対象へ入る射として測る仕組みです。

ただし「表現」という語から、複雑な関手を分かりやすい記号へ書き換えるだけだと考えると核心を逃します。表現可能であるとは、関手が集めている情報のすべてを、一つの対象とのHom集合によって自然に再現できることです。なぜこの条件が普遍性やヨネダの補題へつながるのか、具体例から確かめていきましょう。

関手の値を一つの対象との射として表す発想

圏Cから集合の圏Setへの関手Fを考えます。Cの各対象Xに集合F(X)を割り当て、射f: X → Yには関数F(f): F(X) → F(Y)を対応させる関手です。このFが表現可能であるとは、Cのある対象Aが存在し、FとHom(A,−)が自然同型になることを指します。記号ではF ≅ Hom(A,−)。AをFの表現対象と呼びます。

同型があるのは集合F(X)とHom(A,X)の間です。つまりF(X)の一つ一つの要素を、AからXへの射として過不足なく表せます。しかもXを別の対象へ射で動かしたとき、この対応は合成と食い違いません。単に両方の集合の要素数が等しいのではなく、圏全体にわたって同じ規則が働くのです。

一点集合からの関数が集合の要素を取り出す

集合の圏Setでは、一点集合1 = {*}から集合Xへの関数は、*の行き先を一つ選べば決まります。したがってHom(1,X)とXの要素は一対一に対応するでしょう。集合Xをそのまま返す恒等関手IdSetは、Hom(1,−)によって表現可能です。

この例は簡単ですが、表現可能性の重要な型をすでに示しています。「Xの要素」という内部の言葉が、「試験対象1からXへ入る射」という圏論の言葉へ移りました。集合の要素を直接のぞく代わりに、外部からどのように到達できるかで捉え直したわけです。

整数群からの準同型が群の要素を表す

群の圏Grpでも似たことが起こります。整数全体の加法群Zから群Gへの準同型φは、1の行き先g = φ(1)を選べば一意に決まるからです。nの行き先に別の選択肢はなく、乗法記法ならgn、加法記法ならng。よってHomGrp(Z,G)はGの台集合と自然に対応します。

ここで表現対象は一点集合ではなく、自由群Zです。どの圏でも同じ小さな対象を使えばよいわけではありません。どのような射を許すかに応じて、情報を引き出す試験対象も変わります。群の演算を保つ射で要素を測るには、一つの生成元を持つ自由な群が適しているのです。

位相空間の開集合を検出するシェルピンスキー空間

位相空間Xの開集合全体をO(X)と書きます。連続写像f: X → Yがあれば、Yの開集合Vを逆像f−1(V)へ移せるため、OはTopからSetへの反変関手になります。しかも、この関手は表現可能でした。

表現対象は、二点集合{0,1}に∅、{1}、{0,1}を開集合として入れたシェルピンスキー空間Sです。連続写像χ: X → Sについてχ−1({1})はXの開集合になり、逆に開集合UからはU上で1、それ以外で0となる連続写像を作れます。したがってO(X) ≅ HomTop(X,S)。開集合という内部構造が、特別な空間Sへの射として現れます。

共変と反変で表現対象の置かれる側が変わる

共変関手F: C → Setを表すのはHom(A,−)です。Aを始点に固定し、対象Xへ向かう射を集めます。これに対し、反変関手G: Cop → Setを表す形はHom(−,A)。今度はAを終点に固定し、XからAへ向かう射を集めます。

シェルピンスキー空間の例は後者です。開集合関手Oは写像の逆像に沿って反対向きに動くため、Hom(−,S)で表されます。共変か反変かを表記上の飾りと考えてはいけません。情報が射の合成に沿って運ばれる向きそのものだからです。

表現対象Aは同じ側に固定されますが、関手が共変か反変かによって射の向きが変わります。

自然同型が排除する恣意的な対応

対象XごとにF(X)とHom(A,X)が同じ濃度であっても、それだけでは表現可能とはいえません。Xごとに別々の番号を付けた対応なら、射f: X → Yで移動した途端に規則が崩れるかもしれないからです。

必要なのは、各Xについての全単射θX: Hom(A,X) → F(X)が自然変換を成すことです。AからXへの射gをfと合成してAからYへの射f∘gを作る道と、先にθX(g)をF(f)でY側へ送る道が一致しなければなりません。この可換性があるからこそ、表現は対象の名前や要素の並べ方に依存しない構造になります。

普遍要素一つから自然同型全体が復元される

自然同型θ: Hom(A,−) ≅ Fがあるとき、Aの恒等射idAをθAで送った要素u = θA(idA)を考えます。uはF(A)の要素であり、Fを表す普遍要素と呼ばれます。

驚くべきことに、Aとuが分かればθのすべてが決まります。射g: A → Xに対応するF(X)の要素はF(g)(u)にほかなりません。逆に、x∈F(X)ごとにx = F(g)(u)となる射gがただ一つ存在すれば、FはAで表現されます。無数の集合間の全単射が、一つの対象と一つの要素へ圧縮されるのです。

根を持つ多項式という問いは一般には表現できない

Set上の関手なら何でもHom(A,−)になるわけではありません。表現可能関手は、Hom関手が持つ構造上の性質を受け継ぎます。たとえば反変表現可能関手Hom(−,A)は余極限を極限へ送り、共変表現可能関手Hom(A,−)は極限を保ちます。

ある集合に対して「特定の条件を満たす部分だけ」を恣意的に選ぶ規則は、写像に沿って自然に動かなかったり、極限を保存しなかったりします。対象ごとに集合を返すという外見だけでは足りません。表現可能性は、その情報が一つの対象との射だけで完全に制御できるという強い条件なのです。

表現対象は一意ではなく一意同型まで決まる

同じ関手FがAでもBでも表現されるなら、AとBは同型になります。しかも表現の仕方を考慮すると、その同型は一意に定まります。表現対象が文字どおり同じ集合や空間である必要はありませんが、圏の中で果たす役割は変わりません。

これは普遍性で繰り返し現れる「一意同型までの一意性」です。材料や具体的な構成法ではなく、周囲との射の関係が対象を決めます。表現可能関手は、普遍性をHom集合の自然同型として扱える形へ整えたものといえるでしょう。

表現可能性が数学の問題を対象探しへ変える

ある関手Fが表現可能だと分かれば、対象ごとに散らばった情報を個別に調べる代わりに、表現対象Aへ研究を集中できます。代数幾何学で「点の集合」だけでなく、すべての試験環から入る射を集める関手を考えるのは、この発想の発展でした。モジュライ問題でも、対象の族を分類する関手が何らかの空間で表現できるかが中心的な問いになります。

表現可能でない場合も、失敗には意味があります。厳密な表現対象が存在しないために、層やスタックのような一般化が必要になることもあるからです。「情報の集合を返す規則」を「その情報を代表する対象」へ変えられるか。表現可能性は、計算問題を存在問題へ、そして存在問題を幾何学的対象の探索へ移します。

ヨネダの補題へ開く表現可能関手の入口

表現可能関手が強力なのは、Hom(A,−)から任意の関手Fへの自然変換が、F(A)の要素だけで完全に決まるためです。これがヨネダの補題の内容に当たります。表現対象Aから見た射の全体が持つ情報量を、過小評価してはいけません。

線形代数で表現対象となる双対空間

体k上のベクトル空間Vに対し、Vからkへの線形写像全体V*を取る操作は反変関手です。線形写像f: V → Wがあれば、W*の線形汎関数へfを前から合成し、V*へ戻せます。この双対関手はHom(−,k)そのものであり、表現対象は一次元ベクトル空間kとなるでしょう。

ここでもkは単なる値の置き場ではありません。Vのベクトルを数へ移す線形な測定をすべて集める試験対象です。有限次元ならVと二重双対V**は自然同型ですが、無限次元では一般に全射になりません。表現可能性が分かっても、対象の追加的な性質まで自動で同じになるわけではないことが、この差から分かるでしょう。

表現可能性を妨げる保存性の検査

ある関手が表現可能かを調べる際、表現対象を闇雲に探す必要はありません。Hom(A,−)は極限を保つため、候補の関手Fが積や等化子を保たないなら、共変表現可能関手ではないと判定できます。反変版Hom(−,A)なら、余積を積へ移すといった性質が必要です。

この方法は十分条件ではなく、保存性を満たしただけで表現対象が見つかるとは限りません。それでも、存在問題を性質の検査へ変えられます。表現可能性は便利な名前ではなく、関手の振る舞いへ具体的な制約を課す構造なのです。

Hom集合とHom関手が対象を射から測る装置だとすれば、表現可能関手は、その測定装置で関手全体を実現できる場合を示します。普遍性、極限、随伴が同じHom集合の言葉で結び付くのも、この位置に表現可能性があるためなのです。

参考資料

圏論 圏論の中心概念 圏論入門 数学の考え方 科学・技術のしくみ

圏論の中心概念の記事

現在のテーマに近い記事