人物を知る方法として、本人の内面を直接のぞくことはできません。代わりに、周囲の人とどのような関係を結び、働きかけにどう応じるかを確かめます。もちろん人間と数学的対象は違いますが、圏論のヨネダの補題にも、対象を外からの関係によって捉えるという発想があります。
「対象は、そこへ出入りするすべての射によって特徴づけられる」という標語は印象的です。しかし、標語だけでは何が証明されたのかが曖昧になりかねません。ヨネダの補題が実際に与えるのは、Hom関手から任意の関手への自然変換と、その関手が対象Aで取る値との精密な一対一対応です。この式を一段ずつ組み立てると、圏論が対象より関係を重視する理由が見えてきます。
一つの式に圏全体の関係を収めるヨネダの補題
局所小圏C、対象A、関手F: C → Setを取ります。ヨネダの補題は、自然変換Hom(A,−) ⇒ Fの集合とF(A)の間に自然な全単射があると述べています。記号にすればNat(Hom(A,−),F) ≅ F(A)。
左辺は、Cのすべての対象Xについて関数Hom(A,X) → F(X)を与え、それらがすべての射と整合するようにそろえたものです。一見すると巨大なデータでしょう。ところが右辺は、たった一つの集合F(A)の要素です。圏全体に広がる自然変換が、Aにおける一要素へ完全に圧縮されます。
恒等射idAが自然変換の全情報を受け止める
自然変換α: Hom(A,−) ⇒ Fが与えられたとしましょう。対象Aにおける成分αAは、Hom(A,A)からF(A)への関数です。ここへAの恒等射idAを入れると、u = αA(idA)を得ます。これが自然変換αに対応するF(A)の要素です。
恒等射一つだけで十分なのは、Aから任意のXへの射fがidAとの合成f∘idAとして現れるからです。自然性の正方形をfについて書くと、αX(f) = F(f)(u)とならなければなりません。αがどの射をどの要素へ送るかは、uからすべて復元されるのです。
F(A)の一要素から自然変換を組み立てる逆向き
今度はu∈F(A)を一つ選びます。各対象Xと射f: A → Xについて、αX(f) = F(f)(u)と定めましょう。関手Fが合成を保つため、このαは自然変換になります。
射g: X → Yに対して、先にfをgと合成してからαYへ入れるとF(g∘f)(u)です。反対にαX(f) = F(f)(u)をF(g)で移すとF(g)(F(f)(u))。関手の合成保存によって両者は一致します。自然性は後から追加する条件ではなく、この構成に初めから組み込まれています。
一点集合の例で見える評価という仕組み
CをSet、Aを一点集合1、Fを恒等関手とします。Hom(1,X)はXの要素と同一視できるため、Hom(1,−)からIdSetへの自然変換は、集合Xごとに「Xの要素をXの要素へ移す関数」を一貫して選ぶものです。
ヨネダの補題によれば、そのような自然変換はF(1)=1の要素と対応します。一点集合には要素が一つしかないので、自然変換も恒等的なものしかありません。集合ごとに勝手な特別要素や並べ替えを選べないのは、すべての関数との自然性が恣意的な選択を排除するからです。
ヨネダ埋め込みが対象を関手へ移す
対象Aに反変Hom関手Hom(−,A)を対応させると、Cから関手圏[Cop,Set]への関手yができます。これがヨネダ埋め込みです。射f: A → Bは、後からfを合成することで自然変換Hom(−,A) ⇒ Hom(−,B)へ移ることになるでしょう。
ヨネダの補題をF = Hom(−,B)に適用すると、Nat(Hom(−,A),Hom(−,B)) ≅ Hom(A,B)を得ます。対象間の射と、対応するHom関手間の自然変換が一対一になるわけです。したがってyは充満忠実であり、Cの射の情報を失いません。
「対象は射で決まる」の正確な範囲
ヨネダ埋め込みが充満忠実であることから、Hom(−,A)とHom(−,B)が自然同型ならAとBは同型です。これが「対象は、他のすべての対象から入る射によって特徴づけられる」という言葉の数学的内容です。
ただしAとBが文字どおり等しいと結論するわけではありません。得られるのは圏の中での同型です。また、射の本数だけを比べても足りません。どの射がどの射との合成でどう移るかという構造全体が必要です。ヨネダの補題は関係主義の比喩ではなく、自然変換についての定理なのです。
二要素集合から見た集合Xの別の顔
Setで二要素集合2からXへの関数を集めるとHom(2,X) ≅ X×Xです。これはXの要素を二つ、順序付きで選ぶ情報に当たります。反対にXから2への関数は、2の片方へ送られる要素の集合を選ぶことと同じなので、Hom(X,2)はXの部分集合全体と対応するでしょう。
同じXでも、どの試験対象とのHom集合を見るかによって、点、対、部分集合と異なる情報が現れます。ヨネダが要求するのは、一つの試験対象だけではなく、すべての対象とすべての射に対する応答です。この豊かな測定網なしに、対象を同型まで復元することはできません。
表現可能関手の自然変換を要素へ戻す
表現可能関手F ≅ Hom(A,−)を考えると、表現を決める自然同型はF(A)の特別な要素uと対応します。このuこそ普遍要素。任意のx∈F(X)について、uを一意な射A → Xで運ぶとxになるという普遍性が得られます。
終対象、積、自由対象などの普遍的構成は、適切な関手の表現可能性として書き直せます。ヨネダの補題は、自然同型という圏全体のデータと、普遍要素という一地点のデータを往復させるものです。普遍性が似た形で各分野に現れる理由を説明する、いわば変換器といえるでしょう。
自然な操作を分類するヨネダの使い方
ヨネダの補題は対象の同一性を確かめるだけではありません。Hom(A,−)からFへの自然な操作をすべて分類したいとき、それをF(A)の要素を分類する問題へ変えられます。多数の対象について自然性を直接検査するより、はるかに小さな問題になる場合があります。
プログラミングでいえば、あらゆる型Xに一様に働く多相的な操作には強い制約があります。型ごとの内部表現を勝手に調べられないためです。ヨネダの補題そのものと多相性を同一視はできません。それでも「すべての写像に対して自然である」という条件が、操作の自由度を劇的に減らす点は共通しています。
反変版と共変版にある二つの向き
ここまで主に共変版Nat(Hom(A,−),F) ≅ F(A)を使いました。反変関手P: Cop → Setに対しては、Nat(Hom(−,A),P) ≅ P(A)があります。ヨネダ埋め込みで通常よく使われるのはこちらです。
二つの版は反対圏を介して同じ定理です。射をAから外へ出して測るか、Aへ入れて測るかによって向きが変わります。反対圏と双対性を知っていれば、二種類の式を別々に暗記する必要はありません。一つの構造の表裏として整理できるからです。
名前の印象を超えた米田信夫の仕事
補題の名は日本の数学者・米田信夫に由来します。ソーンダース・マックレーンは、米田から得たアイデアを1950年代の研究で「Yoneda lemma」として広めました。現在では圏論の最も基本的な結果の一つですが、「補題」という控えめな名に反して、表現可能性、層、代数幾何、高次圏論まで広い範囲を支えています。
重要なのは、日本人の名を冠した定理だという逸話だけではありません。対象を記述するために新しい座標を持ち込むのではなく、その対象がすでに持つすべての射を利用する点に独創性があります。圏の外へ出ず、圏自身の関係網を使って対象を埋め込む。その発想が後の数学へ深く浸透しました。
ヨネダの補題から極限へつながる道
積や等化子、引き戻しは、ばらばらの作り方を持つように見えます。しかし、それぞれを適切な図式への錐の集合を表現する対象として捉えると、同じ形式へまとまります。極限と余極限が普遍性を一つに束ねられる背景に、表現可能関手とヨネダの補題を見落としてはいけません。
群の正則表現に似て非なるヨネダ埋め込み
群Gを一対象圏とみなすと、その射はGの元、合成は群の積です。ヨネダ埋め込みは、この一対象圏をGが集合上に作用する世界へ送ります。対象は一つでも、自己射の全体が正則作用として保持されるため、群の乗法構造を失いません。
ただし線形代数の表現論とは、値を取る圏も目的も異なります。共通するのは、抽象的な対象を変換の作用として具体化する発想です。ヨネダ埋め込みは任意の局所小圏を集合値関手の圏へ充満忠実に移せるため、特定の群だけでなく圏一般の「作用による表現」として働くのでしょう。
前層が局所情報を受け止める器になる
反変集合値関手Cop → Setは前層と呼ばれます。ヨネダ埋め込みはCの各対象Aを表現可能前層Hom(−,A)へ送ります。元の圏にない余極限や、局所データを貼り合わせるための構成を、前層圏では豊富に使えるでしょう。
幾何学では、開集合UごとにU上の関数や解の集合を割り当て、包含に沿って制限する前層を考えます。ヨネダの補題は、表現可能前層から任意の前層への自然変換を、その前層のU上の要素として解釈します。抽象的な自然変換が「U上の局所データ」という具体的な意味を持つ瞬間といえるでしょう。
ヨネダの補題が教えるのは、対象の内部を無視してよいということではありません。内部の情報を、射と自然性という検証可能な形へ移せるということです。対象そのもの、Hom関手、自然変換、関手の値。この四者が一つの式で結ばれるとき、圏論の抽象性は具体的な計算力へ変わります。