北米の地図には、海の入り江と見間違えるほど大きな湖が並んでいます。スペリオル湖、ミシガン湖、ヒューロン湖、エリー湖、オンタリオ湖。まとめて五大湖と呼ばれますが、五つの水たまりが偶然近くに集まったわけではありません。
その姿を大きく形づくったのは、北米を覆っていた巨大な氷床です。しかも、氷が解けた後の湖も、それぞれの場所に水を蓄えるだけの存在ではありません。川や海峡で結ばれた水面は、段々に高さを下げながら、遠く大西洋へと続いています。
湖のくぼみを広げた、北米を覆う巨大な氷床
五大湖の形成を説明するのに欠かせないのが、氷期の北米に広がったローレンタイド氷床です。山の頂上に残る小さな氷河とは違い、大陸の広い範囲を覆う、非常に厚い氷の集まりでした。
氷は一見動かないようでも、自重の下でゆっくり流動します。その底に取り込まれた岩石や砂が地面を削り、岩盤をはぎ取りながら、もともとの谷や低地を変形させていきました。五大湖のくぼみには、この繰り返しの侵食が深く関係しています。
ただし、平らな大地に氷が突然五つの穴を掘った、と想像すると正確ではありません。氷期以前の河川や岩盤の構造など、もともとの地質条件があり、その上に氷の作用が重なりました。場所によって削られやすさや、以前からあった低地の形も違います。
氷床は一度だけ現れて終わったのではなく、長い時間の中で前進と後退を繰り返しています。現在の湖底は、一回の出来事の跡というより、古い地形に幾つもの氷期の作用が重なった結果なのです。
氷が解けるたびに変わった、湖の出口と輪郭
気候が温暖になって氷床が後退すると、解けた水が低い場所にたまりました。しかし、氷がある限り、水は現在と同じ方向へ自由に流れ出せるとは限りません。出口の先が氷でふさがれていれば、別の場所まで水位が上がり、違う経路から排水されるためです。
このため、氷床の縁が動くにつれて、湖の水位、広さ、つながり方も変化しました。現在より広い範囲が一つの湖としてつながった時期もあれば、今とは異なる出口から水が流れた時期もあります。
水を張った器を考えると、底の深さだけでなく、縁のどこに切れ目があるかで水面の高さが決まります。五大湖でも、くぼみができたことに加え、どの高さに流出口が開いたかが重要でした。
したがって、「氷が解けて、今と同じ五つの湖が現れた」という一場面だけでは、形成の歴史を捉えきれません。氷の後退と出口の変化に伴い、水のたまる形そのものが組み替わってきたのです。
氷の重みが消えた後も、動き続ける大地
水位を変えてきたのは、水や氷だけではありません。厚い氷床に押し下げられていた地面も、氷の重みを失った後、ゆっくり持ち上がります。氷河性地殻均衡の回復、あるいは氷河後の隆起などと呼ばれる現象です。
五大湖周辺では、この持ち上がり方が一様ではありません。地域によって地面の動く速さが違えば、湖岸や出口の高さも相対的に変わります。器全体が同じだけ持ち上がるのではなく、わずかに傾いていくような変化が、水の流れに関係しているのです。
ここでは、湖岸から見て水面が高くなったことと、水の総量が増えたことは必ずしも同じではありません。地面の側が動いても、水と岸の位置関係は変わるためです。湖の歴史を復元するときには、昔の湖岸の高さや堆積物を、こうした大地の変化と合わせて調べます。
ミシガン湖とヒューロン湖が、水文学では「一つの湖」になる理由
ミシガン湖とヒューロン湖は、マキナック海峡で直接つながり、湖面の高さがほぼ同じです。このつながりに着目すると、水文学的には、二つの大きな部分を持つ一つの湖として扱えます。地図の上では名前の違う水面も、水の器としては別々ではないのです。
他の五大湖同士のように、高い湖から低い湖へ、川を通じて順番に流れ落ちる関係とは違います。海峡を介したミシガン湖とヒューロン湖の水の動きは、風などの条件でも変化し、「常にこちらからあちらへ」という一方向の説明では足りません。
では「五大湖」という名前が間違いなのでしょうか。そうではなく、歴史的な地名として二つに分けることと、水のつながりから一つと捉えることが、異なる分類をしているのです。
広さの順位にも、この違いは影響します。ミシガン湖とヒューロン湖を合わせれば、その水面面積はスペリオル湖を上回ります。「最大の湖」という言葉だけでは、面積を比べるのか水量を比べるのか、どの水域を一つと数えるのかまで決まりません。
海抜約183メートルから大西洋へ続く、水の階段
五大湖全体の水の道筋は、湖面の高さから整理できます。高い位置にあるスペリオル湖からセントメアリーズ川を通じてヒューロン湖へ。ミシガン湖・ヒューロン湖の水は、セントクレア川、セントクレア湖、デトロイト川を経てエリー湖へ向かいます。
そこからナイアガラ川を通ってオンタリオ湖へ下り、最後はセントローレンス川を通じて大西洋へ。この大きな流れの途中に、いくつもの湖と川が並んでいるという関係です。
| 湖 | 湖面の標高の目安 | 平均水深 |
|---|---|---|
| スペリオル湖 | 183m | 147m |
| ミシガン湖 | 176m | 85m |
| ヒューロン湖 | 176m | 59m |
| エリー湖 | 173m | 19m |
| オンタリオ湖 | 74m | 86m |
数字から目立つのは、エリー湖とオンタリオ湖の間の大きな高低差です。この区間にあるのが、有名なナイアガラの滝。ただし、二つの湖面の差のすべてを、滝の一段だけで落ちているわけではありません。川の流路全体での高低差と、滝そのものの落差は別の数字です。
いまの五大湖の水は、氷期の融け水だけではない
氷床が湖の形成に重要だったと知ると、「五大湖には、昔の氷が解けた水がそのまま残っている」と思うかもしれません。けれども現在の湖は、外から水を受け取り、外へ水を出し続ける水系です。
湖面に降る雨や雪、周囲の土地から川を通じて流れ込む水、上流の湖から来る水が入り、一方では蒸発や流出口からの排水が起きています。水位が変化するのは、こうした出入りの差が変わるためです。
ここで大切なのが「流域」という範囲。地図上の青い湖面だけでなく、そこへ水を集める周辺の陸地も、水の循環に参加しています。湖から離れた場所に降った雨でも、その流れが湖へ向かうなら、同じ流域の出来事になるのです。
湖のできた原因と、現在の水を供給する仕組みは、分けて考える必要があります。氷床が作った地形の中を、今も新しい水が出入りしている。それが現在の五大湖です。
面積が近くても大きく違う、水深と水の入れ替わる時間
五大湖はどれも巨大ですが、水の器としての性格は同じではありません。特にエリー湖は平均水深が約19メートルと浅く、スペリオル湖の約147メートルとは大きな差があります。水面の広さだけでは、蓄えられている水の量まで判断できないのです。
湖の水がどれほどの時間で入れ替わるかを考える指標に、滞留時間があります。水量と流出量などから求める目安で、NOAAの資料ではスペリオル湖が約191年、エリー湖が約2.6年。五大湖という一つの呼び名の中にも、これほど異なる時間尺度が含まれています。
ただし、この数字は、すべての水が191年後や2.6年後に一斉に新しくなるという意味ではありません。湖の水は混ざりながら流れ、場所や通る経路によって外へ出るまでの時間が違います。一滴ごとの年齢を表す数字ではない点に注意が必要です。
水面の輪郭だけを比べても、変化への応答の速さまではわかりません。水が多く、入れ替わりが遅い湖では、外から入った物質の影響が長い時間残ることもあります。湖の広さに加え、水がとどまる時間も、その性格を決めているのです。
五つの地名と、一つにつながる水系
五大湖を地図で見ると、五つの青い形に目が向かいます。しかし、その形を作ったのは、動く氷、削られる岩盤、変わる流出口、氷の重みから回復する大地でした。湖は、大陸の歴史が水面として現れた場所でもあります。
現在に目を移せば、名前の違う湖が川や海峡を介してつながり、降水や蒸発も含む一つの循環の中にあります。ある湖で起きたことを、その湖の輪郭の中だけで考えれば、上流や下流との関係を取り落とすことになるでしょう。
五大湖は五つの地名ですが、水の働きまで五つに分かれているわけではありません。湖面の広がりに、深さ、高さ、流れ、時間を加えることで、北米の内陸に広がる巨大な水系の立体的な姿がつかめるのです。