地球から月を眺めると、模様は毎晩ほぼ同じです。月が自転していないからではありません。月は地球を一周する間に、自分自身もちょうど一回転しています。公転と自転の周期がそろっているため、同じ側が地球へ向き続けるのです。
この状態は同期回転、または潮汐固定と呼ばれます。月が最初から現在の回り方だったわけではありません。地球の重力が月をわずかに変形させ、その変形へ働く力が長い時間をかけて自転を遅くしました。太陽系では珍しい例外ではなく、多くの衛星に見られる安定した状態です。
一周する間に一回転する月
月が恒星を基準に地球を一周する周期は約27.3日です。月の自転周期も約27.3日。二つが一致しているため、月が軌道上を四分の一進むと、自身も四分の一回り、地球へ向ける面を保ちます。
自転していない月を想像すると違いがわかります。月面に立てた矢印が宇宙の一定方向を向いたまま地球を一周すれば、地球からは月の前後左右を順番に見ることになります。同じ面が続くためには、軌道上の位置に合わせて月自身が回らなければなりません。
満ち欠けは、この自転とは別の現象です。太陽に照らされた半球のうち、地球から見える割合が変わることで新月、半月、満月になります。地球へ向く面がほぼ同じでも、その面に当たる日光は変化するのです。
宇宙の固定方向に対しては月も回転しています。自転しなければ、地球から月の全面を順番に見ることになります。
地球の重力が月につくる潮汐の膨らみ
地球の重力は、月全体へまったく同じ強さで働くわけではありません。地球に近い側は遠い側より少し強く引かれます。この差が月を地球方向へわずかに伸ばし、潮汐による膨らみを作ります。
月が現在より速く自転していた時代には、この膨らみが地球と月を結ぶ線から少しずれました。地球の重力はずれた膨らみを引き戻そうとし、月の回転へブレーキとなる力を加えます。岩石内部の変形ではエネルギーが熱として失われ、自転が徐々に遅くなりました。
自転周期が公転周期と一致すると、膨らみは平均して地球の方向を向き、回転を一方的に遅くする力が小さくなります。これが1対1のスピン軌道共鳴です。月は単に止められたのではなく、重力的に安定した回り方へ落ち着いたのです。
月だけではない太陽系の潮汐固定
木星のガリレオ衛星であるイオ、エウロパ、ガニメデ、カリストも、木星へほぼ同じ面を向けています。土星の大型衛星タイタンなど、多くの衛星が母惑星に対して同期回転しています。
衛星は惑星に比べて小さく、近い距離を回るため、潮汐の影響で自転を変えられやすい存在です。十分に長い時間があれば、1対1の同期回転は自然に到達しやすい状態となります。
水星は太陽に対して同じ面を向けてはいませんが、自転3回の間に太陽を2周する3対2の共鳴にあります。軌道の離心率や天体の形によって、落ち着く比率は一つとは限りません。潮汐固定は「回転がなくなる」現象ではなく、自転と公転の関係が一定になる現象なのです。
「月の裏側」にも昼と夜がある
地球から見えにくい側は「月の裏側」またはfar sideと呼ばれます。「暗黒面」という表現もありますが、裏側がいつも暗いわけではありません。月は太陽に対して回っているため、表側と裏側の双方に昼と夜があります。
新月のころ、地球側の面は太陽と反対を向いて暗く、裏側には日光が当たります。満月のころは反対に、地球側が照らされ、裏側は夜です。月面の一地点では、昼と夜がそれぞれ地球の約二週間ずつ続きます。
地球から直接見えないことと、太陽光が届かないことは別です。英語でもdark sideは未知の側という比喩には使われますが、天文学的な明暗を表すならfar sideのほうが正確です。
秤動によって見える月面は約59パーセント
月は完全に同じ半球だけを見せるわけではありません。時間をかけて観察すると、縁の向こうが少しずつのぞき、地球から合計で月面の約59パーセントを見ることができます。この見かけの揺れが秤動です。
主な理由の一つは、月の軌道が真円ではないことです。軌道上の速さは地球へ近いときに速く、遠いときに遅くなりますが、自転速度はほぼ一定です。そのずれによって、月が左右へ首を振るように見えます。
月の自転軸が軌道面に対して傾いているため、南北方向にもわずかに異なる範囲が見えます。さらに観測者が地球上のどこにいるかという視差も加わります。同じ面という表現は大筋では正しくても、境界が固定された円として見えるわけではありません。
1959年まで直接見えなかった裏側
人類が月の裏側を初めて撮影したのは1959年、ソ連の探査機ルナ3号でした。地球からの電波は月本体に遮られるため、裏側を飛ぶ探査機との通信には中継や軌道上の工夫が必要です。
裏側には、地球側で目立つ暗い玄武岩平原「月の海」が少なく、衝突クレーターの多い高地が広がっています。この非対称性には、地殻の厚さ、月内部の熱、巨大衝突後の進化などが関係すると考えられています。
2019年には中国の嫦娥4号が、月の裏側への世界初の軟着陸を実現しました。中継衛星を使って地球との通信を保ちます。潮汐固定が作った「見えない半球」は、探査技術の目標となり、月の形成史を調べる重要な場所になったのです。
月が遠ざかり、地球の一日が長くなる潮汐作用
潮汐作用は月の自転をそろえただけではありません。現在も月は地球から年に約3.8センチメートル遠ざかっています。月のレーザー反射鏡へ光を送り、往復時間を測ることで確かめられています。
地球は月の公転より速く自転しているため、海の潮汐の膨らみは月の方向より少し先行します。その重力が月を軌道方向へ引き、月へ角運動量を渡します。月の軌道は広がり、反対に地球の自転はごくわずかずつ遅くなります。
遠い将来、理想化すれば地球も月へ同じ面を向ける相互潮汐固定へ近づきます。ただし太陽の進化など、はるかに長い時間の変化もあるため、単純な延長だけで未来を語ることはできません。今夜ほぼ同じ模様が見える月は、いまも地球との間で回転のエネルギーを交換し続けているのです。
月の形が完全な球でないことも同期を安定させる
月には、地球の方向へわずかに長い形の偏りがあります。完全な球なら向きが少しずれても重力の受け方は変わりにくいのですが、長軸を持つ天体では、その軸を地球へ向ける配置が安定します。
月が同期位置より少し先へ回れば、地球の重力は長軸を引き戻す向きのトルクを生みます。少し遅れても反対向きに戻そうとします。実際の月は軌道の離心率や他天体の力を受けるため小さく揺れますが、1対1の共鳴から簡単には外れません。
潮汐固定は、重力が回転をぴたりと停止させた瞬間ではなく、エネルギーを失いながら安定点の周囲へ落ち着く過程です。月の内部構造や変形しやすさは、その過程に要する時間へ影響します。
地球から見た月の一日は約29.5日
恒星を基準にした月の自転と公転は約27.3日ですが、新月から次の新月までの朔望月は約29.5日です。月が地球を一周する間に、地球自身も太陽の周りを進むため、太陽に対して同じ位置関係へ戻るには余分な時間が必要になります。
このため月面の正午から次の正午までは、地球の日数で約29.5日。昼と夜はそれぞれおよそ二週間続きます。月面探査機は長い昼の高温と長い夜の低温に耐え、夜間の電力を確保しなければなりません。
同じ面を地球へ向ける周期と、太陽光が一周する周期を分けることで、27.3日と29.5日という二つの「月」が矛盾しない理由も明確になります。
月が一周する間に地球も太陽の周りを進むため、太陽との位置関係を戻すには約2.2日余分にかかります。