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人工知能の仕組みと歴史

エキスパートシステムの歴史 専門家の知識を与えたAIの成功と限界

公開日

どんな問題でも解ける推論機械を目指すより、化学者や技術者が知っている専門知識を十分に与えた方が、現実の問題を解けるのではないか。1960年代以降のAI研究では、この方向が大きな成果を生みました。後にエキスパートシステムと呼ばれる、知識に基づくAIです。

その考え方は、辞書を大量に保存するだけのものではありません。「この条件なら、次に何を疑うか」「この部品を選んだなら、何を追加する必要があるか」といった専門家の判断を、推論に使える形へ変えます。ところが、成功の源になった知識は、同時に更新と維持の重い負担にもなりました。

DENDRALが絞り込んだ、分子構造の候補

スタンフォード大学のDENDRALは、化学のデータから分子構造の候補を考える研究として発展しました。分子を構成する原子が分かっていても、そのつながり方が一つに決まるとは限りません。観測された情報と矛盾しない構造を、数多くの可能性から探す必要があります。

ここで化学の知識が役立ちます。原子がどのようにつながり得るか、観測された断片がどんな構造と結び付きやすいかといった制約を使えば、無差別な列挙を減らせる。何でも解く万能の推論器より、対象についてよく知っている探索の方が強い場合があると示したのです。

たとえるなら、落とし物の持ち主を町全体から探すのではなく、拾った場所、時間、物の特徴から候補を絞る方法に近いでしょう。探索の速さだけでなく、調べなくてよい候補をどれだけ除けるかが重要になります。DENDRALは、専門知識が計算を助けるという点で、AIの目標を現実の仕事へ近づけました。

知識ベースと推論機構を分ける設計

専門知識を蓄える知識ベースと、それを使って判断する推論機構。典型的なエキスパートシステムでは、この二つを分けます。推論機構は、条件が成り立つ規則を選び、得られた結論を次の規則の材料にしていく役割です。

説明用に、組み立てる装置に拡張部品Aが必要なら接続部品Bも必要、Bを使うなら空き場所Cが必要という規則を考えましょう。注文にAが含まれていれば、BとCの条件を順に確認できます。一覧にある単語を検索するだけではなく、条件のつながりから不足を発見するわけです。

この分離には、専門知識を変更しても、推論機構をすべて作り直さずに済む利点があります。ただし、どんな知識でも簡単に差し替えられるという意味ではありません。新しい規則が古い規則とぶつかれば、優先順位や適用範囲を調整する必要が生じます。

専門知識を使って、条件から結論へ進む
入力された事実注文内容や観測された条件
規則を適用知識ベースを推論機構が利用
結論と次の条件必要な部品や追加の確認事項

規則に基づく推論の基本形です。知識が誤っていれば、手順が整っていても結論は誤り得ます。

MYCINが扱った、不確かな情報の下での判断

1970年代のMYCINは、感染症などに関わる専門家の判断を扱った研究システムとして知られています。ここで重要なのは医療上の助言そのものではなく、不完全な情報をどう推論に組み込むかという技術の問題です。現実の専門判断では、すべての条件が確定してから結論を出せるとは限りません。

「ある条件が見られたら必ず結論A」とする規則だけでは、曖昧な情報に対応しにくいでしょう。MYCINでは、結論への支持の度合いを扱う確信度の仕組みも研究されました。なお、ここでの確信度を、そのまま現実の確率と同一視することはできません。形式上の数値が何を意味するかは、推論方式によって異なります。

また、専門的な課題で実験結果が良いことと、現場で広く運用できることも別です。入力の手間、業務の流れ、責任の扱い、例外時の対応などが関わるため、研究上の性能だけで導入の成否は決まりません。MYCINを「昔、医師を置き換えたAI」と説明すると、この隔たりが消えてしまいます。

R1が示した、部品を正しく組み合わせる知能

エキスパートシステムは、学術的な実験だけにとどまりませんでした。DECのコンピュータ構成を扱ったR1、後のXCONは、実用化の代表例です。顧客の注文に応じて、必要な部品や接続の組合せを正しく構成する仕事に、規則に基づく推論が使われました。

部品の注文なら、商品番号を並べれば済むようにも思えます。けれども、ある装置を使うと追加の接続機器が必要になり、接続先や配置にも制約がある。個別には正しい選択でも、組み合わせると動かない場合があるのです。部品表の検索と、動く構成の作成は同じ仕事ではありません。

この種の課題では、対象を限定できることが強みになります。製品の種類や組合せ規則が明確なら、日常のあらゆる常識を機械に教えなくても価値を出せるでしょう。AIの実用化は、人間一般と同じ知能を持つことより先に、限られた仕事を確実に支える形で進んだのです。

専門家が知っていることと、説明できることの差

知識を与えれば強くなるなら、優秀な専門家にすべて教えてもらえばよいのでしょうか。実際には、専門家が自然に行っている判断を、規則として取り出すことが難題になりました。本人にも、どの手がかりをどれほど重視したか説明しにくい場面があるからです。

たとえば、熟練者が機械の音を聞いて異常を感じても、「音が高いとき」という一行では再現できません。回転の速さ、温度、以前との変化、複数の音の組合せが関係しているかもしれない。説明を細かくするほど、例外や追加条件が増えていきます。

これは知識獲得のボトルネックと呼ばれる問題につながりました。知識を保存する容量が足りないだけではありません。使える形にするための聞き取り、整理、検証に時間がかかるのです。後の機械学習が魅力を持った背景には、この作業の一部をデータからの学習で置き換えたいという事情もあります。

規則が増えるほど重くなる更新と整合性

規則は、一度正しく書けば永久に使えるとは限りません。製品が変われば接続条件も変わり、新しい例外が見つかれば適用範囲を狭める必要があります。規則が多いほど、変更がどこへ影響するかを確かめる仕事も大きくなります。

説明用に、「大型の部品は下段へ置く」という規則と、「発熱する部品は上段へ置く」という規則があるとしましょう。大型で発熱する新製品が出れば、二つの規則は衝突します。優先順位を決めるだけでよいのか、放熱設計からやり直すべきなのか。現実の変化に合わせて知識を保つには、元の判断の理由まで確かめなければなりません。

学習型のモデルにも更新の負担はありますが、規則型では、その負担が人の記述作業として見えやすくなります。知識を一度入れれば完成する装置という期待と、継続して整備するシステムという現実。この差は、1980年代以降の評価や商業化を考えるうえでも重要です。

説明可能な推論と、正しさの保証の違い

規則に基づくシステムには、結論までに使った条件を示しやすいという利点があります。「なぜ部品Bが必要なのか」に対し、「Aを使う構成で、この接続規則が適用されたため」と説明できる。判断の経路が明示されていれば、修正箇所も見つけやすくなります。

しかし、筋道が説明できることは、前提まで正しいことを保証しません。古い製品の規則を新製品に適用したなら、推論の手順は整っていても結果は誤ります。誤った地図に従って正確に歩けば、正確に違う場所へ着くのと同じです。

現代の生成AIがもっともらしい理由を述べる場合にも、この区別は役立ちます。ただし、生成された説明文と、実際に適用された規則の記録も同じものではありません。説明の形があるかだけでなく、その説明がどの処理や根拠に結び付いているかが重要なのです。

知識を捨てたのではなく、与え方が増えたAI

エキスパートシステムの歴史から、「人が知識を書く方法はすべて失敗し、データだけが残った」と結論するのは極端です。明確な制約や業務規則は、今もプログラムとして記述する価値があります。計算で厳密に確認できることを、わざわざ不確かな生成へ任せる必要はありません。

一方、画像の特徴や多様な言い回しを、人が規則で尽くすのは難しい。その部分には学習が向いている場合があります。専門知識をどう表すか、どこをデータから学ぶか、どこを規則で検査するかという分担は、時代とともに変わりました。

エキスパートシステムが残したのは、専門家を置き換える夢だけではありません。知能の性能は、推論の仕組みだけでなく、与えられた知識と対象の範囲によって決まるという実感です。この発見は、検索で外部資料を取り込み、道具で答えを検査する現代のAIにもつながっています。

参考資料

人工知能の仕組みと歴史

人工知能の仕組みと歴史