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ポリネシアの人々はどうやって島へたどり着いたのか 星とうねりを使う航海術

公開日 / 更新日

水平線の向こうに島が見えない太平洋で、どうやって目的地へ進む方向を保つのか。ポリネシアの長距離航海は、GPSはもちろん、近代的な航海計器がない時代にも行われていました。ただ流されて島を見つけた、という説明だけでは、その技術を捉えられません。

航海者が手がかりにしたのは、星が現れる方角、船を揺らすうねり、太陽、鳥、雲などです。しかし、自然の一つのサインが現在地を教えてくれるわけではありません。異なる手がかりを重ね、進んだ距離と方向を記憶し、目的の島を探せる範囲まで船を運ぶ。そこに、外洋を渡る知識の核心があります。

「道具がない」と「方法がない」は別のこと

現代の航海では、緯度と経度で現在地を示し、地図上に位置を置くことができます。GPSの画面に点が表示される感覚から考えると、位置を数値で得られない航海は、当てずっぽうに思えるかもしれません。

しかし、目的地へたどり着くための知識は、必ずしも現在地の座標を一つ確定する形を取るとは限りません。出発してからどちらへ、どの程度進んだか。想定した進路に対して北か南か。目的地が近いと判断した後、どの範囲で陸を探すか。こうした関係を保つことでも、航海は組み立てられます。

ポリネシア航海協会が紹介する現代の伝統航法の実践も、進路の戦略、航行中の位置関係の把握、目的地付近での陸地発見という段階を区別しています。広い海を渡る段階と、最後に島を見つける段階では、解くべき問題が違うのです。

星の名前より重要な、水平線から現れる方角

星を使う航海と聞いて、明るい星を一つ選び、ずっとその方向へ進む姿を想像するかもしれません。けれども地球が自転するため、ほとんどの星は夜の間に空を移動します。空の高い位置にある星を固定した方位標のように追い続ければ、向いている方向も変わってしまいます。

重要な手がかりの一つは、星が水平線から昇る方角や、沈む方角です。同じ緯度であれば、恒星の出入りする方角には規則性があります。航海者は、星の見える位置とその動きを知った上で、方位を確かめていました。

使っていた星が高くなったり、見えなくなったりすれば、別の星や他の手がかりへ切り替える必要があります。「あの星の方へ」という単発の指示ではなく、時間とともに変わる空の中で、方位の基準を受け渡していく技術なのです。

現代のハワイの航海教育で使われるスター・コンパスも、物理的な磁石ではありません。水平線の方向と天体の動きを整理する、頭の中の枠組みです。星をたくさん暗記するだけでなく、その星が方向の判断にどう役立つかを結びつけています。

北極星が使えなくなる、赤道を越える航海

北半球では、北極星が北の方角の手がかりになります。その高さも緯度とおおむね対応するため、南へ進むほど、北極星は水平線へ近づいていきます。

ところが赤道を越えて南半球へ進むと、北極星は頼れなくなります。ハワイから南へ向かうような航海では、同じ空の目印を最後まで使うことはできません。緯度が変われば、見える星や、その通る位置が変わるのです。

この変化は障害であると同時に、南北にどれほど移動したかを判断する手がかりにもなります。天体が空のどの高さを通るかと、自分がどの地域にいるかを関連づける知識があれば、見える空の変化を位置の推定に利用できるためです。

ただし、星の高さから南北の位置を推定することと、東西の位置を正確に得ることは同じではありません。星だけで海上の一点を簡単に確定できた、と考えると、航海者が進路や距離を追い続けた理由がわからなくなります。

雲で星が隠れても残る、海のうねりという手がかり

外洋には、その場の風で生じる波だけでなく、遠くの風域から伝わってきたうねりがあります。比較的長く、一定の向きから届くうねりは、星が見えない時間にも方向を保つ手がかりとなりました。

船がうねりに対してどの向きに進むかで、揺れ方や波を受ける角度は変わります。空が見えている間に、星などで確かめた方位とうねりの向きを関連づけておけば、雲に覆われた後も、海面の動きから方向を推定できるのです。

しかし、海には複数の方向の波が重なり、天候の変化で状態も変わります。どのうねりを基準にしているかを区別できなければ、かえって方向を誤るでしょう。「波を感じれば方角がわかる」という神秘的な能力ではなく、経験を通して異なる波の成分を見分ける技術です。

ここで働いているのは、一つの感覚だけに頼らない照合です。星で確かめた方向とうねりを結びつけ、再び空が見えたら確かめ直す。それぞれに限界のある手がかりを組み合わせることで、判断の根拠を保っていました。

船首の向きと、実際に進む向きがずれる理由

船を一定の方角へ向けても、海の上をその方向だけに進むとは限りません。海流によって水そのものが動き、風による横流れも生じるためです。船首の向きは、海底や島に対する実際の進路と一致しない場合があります。

そのため航海者には、どの方向へどれほど進んだかを、時間を通じて把握する仕事があります。現代の用語でいえば推測航法に関係する考え方で、以前の位置から移動を積み重ねて、現在の位置関係を見積もるものです。

たとえば、ある方向への移動が思ったより遅ければ、目的地までの残りの距離も変わります。途中で風に合わせて進路を変えれば、その移動を忘れずに足し合わせなければなりません。海の上で必要なのは、瞬間の方角だけでなく、何日にもわたる移動の履歴なのです。

当然、見積もりの誤差は生じます。ポリネシア航海協会の説明でも、海流の見積もりや悪天候、疲労などが推定を難しくすることが示されています。誤差が存在しなかったのではなく、誤差があり得る条件で目的地へ到達する方法が組み立てられていました。

小さな一点ではなく、島を見つけられる範囲を目指す発想

地図上で小さく見える島でも、接近の手がかりになるのは陸そのものだけではありません。周辺の島々や、陸地に関係する鳥の動き、雲などを含めると、目的地の近くへ来たと判断できる範囲は、島の輪郭より広くなります。

特に、陸へ戻る習性を持つ鳥は、海上での移動方向が手がかりになり得ます。ただし、海鳥ならどれでも同じように使えるわけではありません。どの種類が、どの時間帯に、どのような行動をするかという知識が必要です。

島の上にできる雲なども、陸の存在を疑う材料にはなります。それでも、雲一つを見て島の位置を断定できるという話ではありません。天体や航行履歴から推定した範囲と、目の前の兆候が整合するかを、複数の手がかりから判断するのです。

つまり、遠くから目的地の一点に完璧に船を当てることだけが成功への道ではありません。まず島を探せる地域へ入り、最後の段階で陸地の兆候を利用する。この段階分けによって、長距離航海に含まれる誤差へ対処できる余地が生まれます。

外洋航海は、一つの目印ではなく複数の手がかりを重ねる
水平線から昇る位置と沈む位置を方角の目印にする。
うねり風が変わっても残る周期的な波を、船体の揺れから見分ける。
島の兆候鳥の動き、雲の形、反射光、漂流物などから陸地の方向を絞る。

航海者は状況に応じて手がかりの重みを変えます。どれか一つだけで位置を決める方法ではありません。

1976年のホクレア号と、ミクロネシアから伝わった技能

20世紀の伝統航海復興を象徴する船が、双胴の航海カヌー、ホクレア号です。1976年、ハワイからタヒチへ、近代的な航海計器に頼らない航海を行いました。船を導いたのは、サタワル島出身のマウ・ピアイルックです。

ここで大切なのは、マウがポリネシアではなく、ミクロネシアの航海者だったこと。伝統的な技能が一部の地域に残り、その知識が地域を越えて共有されたことが、ハワイでの復興を支えました。

後に航海者となったナイノア・トンプソンは、マウに学ぶ一方、プラネタリウムでの天文学や、海洋学・気象学の知識も取り入れています。現在使われる航法を、古代の一つの方法が何も変わらず残ったものと考えるのは正確ではありません。継承と再構成の両方が含まれているのです。

伝統と科学が対立しているわけでもありません。長い経験から得られた観察の技能と、現代の自然科学による説明が、同じ海での判断を支えています。

復元航海が証明できること、古代について残る問い

ホクレア号の航海は、外洋を越える技術の可能性を、実際の船と海で示しました。島々への移動を、偶然の漂流だけでしか説明できないとする見方に対して、具体的な反証となる重要な実践です。

ただし、現代に航海が成功したことから、古代のすべての航海経路や手順まで確定するわけではありません。いつ、どの島から、どの船で人々が移動したかという問いには、考古学など別の証拠も必要です。技術的に可能であることと、実際にその通り起きたことは区別しなければなりません。

それでも、この航海術には、現代の計器を知っているからこそ驚かされる部分があります。航海者は、星、うねり、鳥をそれぞれ別の雑学として知っていたのではなく、変化する状況の中で互いに結びつけていました。

見えない島へたどり着く力は、一つの特別な目印から生まれたのではありません。今わかることと、まだ確かでないことを区別し、移動の記憶を保ち、次の手がかりで修正する。その積み重ねが、広大な太平洋を、人々が行き来できる海にしてきたのです。

参考資料

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