東京からニューヨークへ向かう航空路を世界地図で見ると、太平洋を横切る直線ではなく、アラスカやカナダの方向へ大きく膨らんで見えます。遠回りに思えるこの曲線は、多くの場合、球面上の短い道を平面へ描いた結果です。
平らな紙では二点間の直線が最短ですが、地球の表面は球面です。長距離の基本となるのは、地球の中心を通る平面で切った円に沿う「大圏航路」。それをメルカトル図法へ移すと、北や南へ弓なりに曲がって見えるのです。
球面上の最短経路となる大圏航路
地球を完全な球とみなしたとき、地表の二地点を結ぶ最短経路は大圏の一部になります。大圏とは、その円の中心が地球の中心と一致する円です。赤道は大圏であり、一本の経線と反対側の経線を合わせた円も大圏になります。
東京とニューヨークを地球儀上で糸によって結び、糸をぴんと張ると、北太平洋側へ寄ります。横長の地図で「上へ膨らむ」経路が、地球儀では二点を素直に結んでいるのです。ロンドンとロサンゼルス、パリとバンクーバーなど、高緯度を横切る組み合わせでも同じ現象が目立ちます。
厳密には地球は完全な球ではなく、両極方向に少しつぶれた回転楕円体です。測地学ではその形を考慮した測地線を求めます。それでも、大圏という考え方は、航空路がなぜ地図上で曲がるのかをつかむ十分に有効な近似です。
直線の意味を変えるメルカトル図法
多くの世界地図やウェブ地図は、メルカトル図法またはそれに近い方式を使います。この図法の大きな特徴は、一定の方角を保つ「等角航路」が直線になること。船が羅針盤の方位を一定にして進む経路を扱いやすいため、航海で広まりました。
一方、大圏航路では進行方位が少しずつ変わります。そのため、メルカトル図法上では直線にならず、赤道から離れる方向へ弧を描きます。地図上の直線は「同じ方角で進む線」であって、必ずしも「最短の線」ではありません。
この二つが一致する例もあります。赤道上を東西へ進む場合や、同じ経線に沿って南北へ進む場合です。しかし、一般の二都市間では大圏と等角航路が分かれます。距離が長く、高緯度へ近づくほど、平面地図での差は大きく見えるでしょう。
◯地球の中心を通る平面と地表の交線に沿う大圏航路
高緯度側へ膨らむ曲線として描かれることが多い
経路そのものが曲がったのではなく、球面を平面へ移す規則によって見え方が変わります。
グノモニック図法では大圏が直線になる
同じ航路でも、地図投影を変えれば形は変わります。地球の中心から平面へ投影するグノモニック図法では、大圏が直線として表されます。長距離航路を計画するとき、大圏経路を見つけやすい図法として利用されてきました。
ただし、グノモニック図法は地図の端へ行くほど形や面積の歪みが激しくなり、地球の半分以上を一枚に描けません。大圏を直線にする代わりに、別の性質を犠牲にしているからです。
メルカトル図法とグノモニック図法のどちらが正しいか、という対立ではありません。前者は方角、後者は大圏の把握に強みがあります。地図上の線の形は、地球上の経路だけでなく、何を優先して投影したかによって決まります。
実際の旅客機は数学的な最短線だけを飛ばない
航空機の航路は、大圏を基本にしながらも、その日の条件に応じて変わります。上空の強い偏西風であるジェット気流を追い風として使えば、距離が少し長くても飛行時間や燃料を減らせる場合があります。逆風を避ける便では、往路と復路の線が大きく異なることも珍しくありません。
雷雲、火山灰、乱気流などの気象条件も経路を変えます。さらに、各国の管制空域、軍事上の制限、紛争地域、空港の発着経路、航空交通の混雑にも従わなければなりません。航空路は、幾何学上の距離だけで決まる一本の線ではないのです。
北極圏に近い航路では、緊急時に着陸できる代替空港や機体の運航要件も考慮されます。フライト追跡画面に現れる線は、地球の形、風、空域、安全運航を一つにまとめた結果といえるでしょう。
東向きと西向きで飛行時間が違う理由
同じ二都市を結ぶ便でも、東向きと西向きで所要時間が異なることがあります。地球の自転に航空機が単純に押されるからではありません。大気も地球とともに回転しており、飛行時間の差を直接生む主役は上空の風です。
中緯度の上空では、概して西から東へ強い風が吹きます。東向きの便は追い風を得やすく、西向きの便は向かい風になりやすいため、同じ距離でも時間差が生じます。季節や日ごとの気象条件により、選ばれる経路と所要時間は変動します。
地図上で長く見える経路が、時間まで長いとは限りません。航空会社が最適化するのは地表距離だけでなく、風を含めた飛行時間、燃料、管制上の条件です。「最短距離」と「最短時間」は、別の答えを持つことがあります。
日付変更線を越える便の到着日
太平洋横断便では、曲がった航路に加えて到着日の表示も直感を惑わせます。日本から北アメリカへ東向きに飛ぶと、十時間前後飛んだのに現地へ同じ日の朝に到着することがあります。反対方向では、到着日が一日先へ進みます。
これは飛行機が時間を戻したのではなく、国際日付変更線と時差を越えたためです。所要時間は出発地と到着地の現地時刻を単純に引くだけでは求められません。両地点の標準時と、途中でまたぐ日付の境界を合わせる必要があります。
航空路線図には、球面を平面へ移す歪み、風による経路選択、国際的な時間制度が同時に現れます。一本の曲線を遠回りと決めつけず、地球儀上ではどう結ばれるかを想像すると、長距離飛行の姿が違って見えてきます。
北極圏を横切るポーラールート
北アメリカと東アジア、北アメリカと中東を結ぶ便では、北極圏に近い経路が選ばれることがあります。横長の世界地図では上端をかすめる大回りに見えますが、地球儀では大陸間を短く結ぶ位置です。冷戦期には空域制限や航法・通信上の課題から利用できる経路が限られましたが、機材と管制の発達、空域の変化に伴って長距離便へ広がりました。
極域では磁気コンパスが扱いにくく、緯線と経線が集中するため、通常の方位感覚も変わります。現代の航空機は慣性航法装置や衛星測位などを組み合わせ、極域向けの運航手順に従います。太陽活動による通信や放射線環境、低温、代替空港も計画上の要素です。
政治情勢によって特定国の空域を通れなくなれば、大圏に近い便利な線を使えず、南側へ迂回することもあります。地理上の最短線は変わらなくても、飛行可能な最短線は時代によって変わるのです。
平面上の距離測定が外れる理由
世界地図へ定規を当て、直線の長さを比べても、長距離の実距離は求められません。縮尺が場所と方向によって変わる図法では、同じ一センチが地球上の同じ距離を表さないからです。画面のルートが長く見えるか短く見えるかは、投影と地図の中心にも左右されます。
距離を確かめるには、緯度・経度から球面または回転楕円体上の測地線を計算します。大圏距離の計算サービスと地球儀表示を併用すれば、見かけの曲率と実際の距離を分けられます。航空路の曲線は、地図が距離を測る物差しとして均一ではないことを、ひと目で示す例なのです。