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行動経済学入門

メンタル・アカウンティングとは 同じお金に違う使い道が生まれる心の会計

公開日 / 更新日

同じ三千円なのに、自分で稼いだお金なら普段の買い物に使い、思いがけない謝礼なら少しぜいたくな食事に使いたくなる。財布には区別がなくても、頭の中には「これは使ってよいお金」という境界があるのかもしれません。

メンタル・アカウンティングとは、お金の出どころや使い道ごとに、心の中で別々の会計をつくることです。日本語では「心の会計」「心理会計」とも呼ばれ、複雑な選択を扱いやすくする仕組みとして研究されてきました。単なる浪費の説明ではありません。便利なはずの仕分けが、ときには同じ出費への判断を変えてしまうのです。

財布は一つでも、使い道には境界がある

お金の特徴の一つは、同じ額なら原則として交換可能なことです。食費として用意した千円札でも、本は買える。特別な用途制限がなければ、紙幣そのものに使い道は刻まれていません。

ところが、日々の判断では「今月の外食代はもう使った」「旅行中だからこの出費は別」といった区分が生まれます。これを研究対象として発展させた経済学者リチャード・セイラーは、1985年の論文や1999年の整理で、何を得と感じるか、どの期間を一まとまりとして評価するかまで扱いました。心の会計は、支出の分類だけにとどまらないのです。

大事なのは、帳簿を実際につけているかどうかではありません。毎日の家計簿を欠かさない人にも、残高だけを確かめる人にも、心の中の区分はありえます。むしろ、明文化されていない区分ほど、判断の途中で作り替えられやすいでしょう。「趣味には使いすぎたけれど、これは勉強だから」といった具合です。

入場券をなくしたときと、同額の現金をなくしたとき

ここで、架空の展覧会を考えます。入場料は二千円。すでに買った券を会場の前でなくし、再発行も払い戻しもできません。入るには、もう一度二千円を払う必要があります。

別の場面では、まだ券を買っていない段階で二千円の現金をなくしたとします。なくした額は同じ二千円で、入場料も二千円。ほかの条件が同じなら、どちらも「二千円を失ったあと、さらに二千円を払って展示を見るか」という選択です。

券を失う場合は展覧会に四千円、現金を失う場合は別の損失二千円と入場二千円。総支出は同じ。
図1 同じ4,000円をどう分類するか。払い戻し・再発行ができず、どちらも入場する場合の説明用の例。

それでも、券を買い直すほうに強くためらいを感じるなら、「展覧会一回に四千円」という計算が働いている可能性があります。現金の紛失なら、展覧会とは別の損失として処理され、入場料は二千円のまま。出来事の分け方が変わると、同じ追加支出の意味まで変わるのです。

カーネマンとトヴェルスキーは1981年、観劇の券と現金を失う仮想問題で、こうした判断の違いを調べました。ここでの展覧会と金額は、その構造を説明するために置き換えたものです。券の再発行が可能、現金の紛失で所持金が足りないといった事情があれば、もはや同じ条件ではありません。

商品そのものの価値と、「うまく買えた」満足

あるマグカップが千五百円で売られているとします。色も形も気に入っているけれど、少し迷う値段。ところが、横に「通常三千円」と書かれていると、急に魅力的に見えるかもしれません。カップは一ミリも変わっていないのに、です。

この違いを考えるうえで役に立つのが、セイラーのいう取引効用です。商品を使って得られる価値とは別に、「予想より良い条件で買えた」という満足が生まれる。反対に、品物自体には十分な価値があっても、割高に買ったと感じれば不満が残ることがあります。

ただし、値札を高く書けば満足が増えるという単純な話ではありません。通常価格が実際の相場を表していなければ、比較の土台が崩れています。カップの使いやすさと、値引き表示への反応を分けると、「お得だから欲しい」の中身もはっきりするでしょう。前者は使う未来への評価、後者は今回の取引への評価です。

ここにはアンカリングとの接点があります。先に見た三千円が数値の基準になる現象と、そこから安く買えたことに価値を感じる現象は関連していても同一ではありません。数値の出発点と、取引の満足。分けて考えたほうが、何が選択を動かしたのか具体的に説明できます。

「旅行中だから」が変える、出費の分類

普段は少し高いと感じる駅のコーヒーを、旅行中にはためらわず注文する。この違いも、旅行予算という別の会計を想定すれば理解しやすくなります。ただし、旅行中の一杯には、休憩場所の確保や同行者との時間など、日常とは異なる価値があるかもしれません。

同じ商品への支払いが変わったからといって、すぐに心理的な誤りとは言えないのです。場所、時間、代替手段までそろえて、それでも「旅行代に入るから」という分類が効いているかを区別する必要があります。

HeathとSollの1996年の研究は、支出のカテゴリーと予算が、その後の消費判断を変えることを検討しました。たとえば、ある支出を娯楽費と考えるか別の用途と考えるかで、次の娯楽に使えると感じる額が違ってくる。総額だけでは説明しきれない、カテゴリーの境界の働きです。

支出の分類によって、趣味とその他の予算の残り方が変わる。合計は六千円で同じ。
図2 費目によって変わる残りの予算。元の枠を趣味3,000円・その他5,000円とし、同じ2,000円をどちらかに計上した例。

図の二つの配分は、いずれも合計六千円です。それでも、どの欄に支出を入れたかで、趣味に使えると感じる余地は違ってくるでしょう。現金を別封筒へ移したわけではなくても、心理的な使いやすさに差が生まれうるわけです。

区切りがあるからこそ、考え続けずに済む

心の会計には、明確な利点もあります。買い物のたびに、将来のすべての用途と比較するのは大変です。昼食を選ぶだけで、来年の旅行や十年後の暮らしまで計算し直していたら、日常は立ち行きません。

「今月の趣味はここまで」と区切っておけば、欲しいものを見つけるたびに全体の計画を交渉し直さずに済みます。分類には、計算の手間を減らす働きと、自分の選択を一定の範囲にとどめ、他の目的を守る働きがあるのです。

その半面、区分を絶対視すると窮屈になることもあるでしょう。あまり使わなくなった趣味の枠だけが残り、今はもっと価値を感じる活動に回せない。予算を守ることと、予算の目的を守ることが食い違う場面です。だからといって区分をなくせばよいわけでもなく、どの境界が役立ち、どこが現在の暮らしに合わなくなったかという問題なのです。

月末、年末、旅行の終わりに生まれる「決算」

心の会計には、使い道だけでなく時間の境界もあります。昨日の外食を「今週の楽しみ」と数えるのか、「先月の特別な出費」とするのか。月が替わって残高が自動的に増えるわけではないのに、新しい枠が始まったと感じることがあります。

この仕組みを考えると、前払いの意味も少し変わってきます。旅行代を数か月前に払っている場合、現地では支払いの感覚が薄くなるかもしれません。しかし、旅行が無料になったわけではありません。支払った時点と楽しむ時点が離れ、同じ出来事として意識されにくくなっている可能性があるのです。

逆に、すでに支払った料金を強く意識すれば、「元を取らなければ」と利用を増やしたくなるでしょう。同じ前払いでも、その支払いがどれほど頭に残っているかで、反応は変わりえます。心の会計は「前払いなら必ず使いすぎる」といった一方向の法則ではありません。

同じ「五百円の節約」でも、比較相手が違うとき

二千円の文具を千五百円で買える店が、少し離れた場所にあるとします。五百円の節約は大きく感じられるでしょう。ところが、二万円の旅行かばんを一万九千五百円で買える店へ、同じ距離を移動するとなると、面倒だと感じるかもしれません。

どちらも説明用の例ですが、節約額と移動の負担は同じです。前者は二十五%引き、後者は二・五%引き。品物の価格を一つの会計として評価すると、五百円の大きさが変わって感じられる余地があります。財布全体からは同じ五百円でも、取引の中では違う割合を占めているのです。

もちろん、重いかばんを持って移動するなら負担は同じではありません。在庫や保証が異なる場合も、別の判断材料があります。条件をそろえたうえで、「何円得するか」と「この取引でどれほど得した感じがするか」を区別すると、心の会計がどこに入り込むかがはっきりします。

返ってきたお金は、本当に「増えたお金」か

返品で三千円が戻ってくると、臨時の収入のように感じることがあるかもしれません。けれど、買い物の前から全体を見れば、買って戻しただけで、その三千円が新たに生まれたわけではありません。

心の中で最初の支出をすでに終わった会計へ入れていれば、返金だけが新しい利得として目立ちます。一方、同じ取引の取り消しとして扱えば、もとの状態に戻ったという評価になるでしょう。二つの見方を分けることで、「返金があったから別のものを買える」という感覚が、残高の変化なのか、支出の区切り方なのかを考えられます。

お金の区別と、目的の区別

贈られたお金を、贈り主が喜びそうな経験に使いたい。旅先で買った器を、普段の器とは別に大切にしたい。こうした意味づけまで、金額が等しいという理由だけで取り除く必要はありません。人間にとって、贈り物や思い出の文脈にも価値があるからです。

問題になるのは、その区別が自分の目的に反する判断を生んでいるのに、区分だけが正しいと思い込む場合でしょう。特別な謝礼だからと、欲しくもないものを買ってしまう。展覧会の券をなくしたあと、本当は展示を見たいのに、「同じ券を二回買うのは負けだ」と感じて帰る。ここでは、お金のラベルが経験の価値に優先しています。

会場の前で問われているのは、最初の二千円を取り戻せるかどうかではありません。今ある選択肢の中で、追加の二千円と引き換えに展示を見る時間を望むかどうか。失った券をどの会計に入れるかと、これから何を楽しみたいかは、別の問いです。心の会計を知る意味は、ラベルをすべてはがすことではなく、その違いに気づけるところにあります。

参考資料

行動経済学入門

行動経済学の理論