アンコール・ワットの写真には、石造の塔と、それを映す水面がよく登場します。しかし、カンボジアのアンコールを支えた水の施設は、寺院の堀だけではありません。巨大な貯水池、運河、堤防、小さな池が、住居や農地の間をつないでいました。
この地域では、一年中同じように雨が降るわけではなく、雨季と乾季の差が大きくなります。水をためるだけでなく、多すぎるときには逃がすこと。その両方を担う仕組みが、大きな都市の成立と深く結び付いていたのです。
寺院の外へ広がっていた、農地を含む巨大な都市
「古代都市」と聞くと、城壁の内側に家が密集した景観を思い浮かべるかもしれません。ところがアンコールでは、寺院、集落、田畑、水の施設が広い範囲に分散し、それらが道路や水路で結ばれていました。現在の高密度な市街地とは異なる都市の形です。
石でできた寺院は残りやすい一方、木材などを使った住居は失われやすく、地表に見える建築だけではかつての人口や生活の広がりをつかめません。住居を載せた盛り土、池、区画の跡が、石造建築の外側にも日常生活があったことを示しています。
航空機からレーザーを照射するライダー調査は、樹木の隙間を通って地面に届いた反射を利用し、細かな地形を測ります。2013年の研究などで明瞭になったのは、森の下に残る道や区画、水路の配置でした。レーザーが土の中を透視するのではなく、植生に隠れた地表の起伏を捉える技術なのです。
乾季には不足し、雨季には余る水
水の豊富さは、年間降水量の合計だけでは決まりません。一年分の雨が短い期間に集中すれば、雨季の洪水と乾季の水不足が同じ土地で起こりえます。雨の少ない時期まで必要な水を残すには、降った場所から集め、蓄え、使う場所へ配る過程が必要でした。
アンコールは、北側のクーレン丘陵と南側のトンレサップ湖の間に位置しています。北から南へ下る地形を利用しながら、水路や貯水池を配置していました。ただし、すべての施設が同時に完成したのではなく、長い年月の増設や改修を経て複雑なネットワークになりました。
季節に応じて貯留と排水の役割が変わります。施設の実際の配置図ではなく、働きの関係を示しています。
図のような仕組みでは、貯水池は水を使うための設備であると同時に、一時的に余分な水を受け止める場所にもなります。乾燥だけを想定して施設を理解すると、洪水を和らげる役割が抜けてしまうでしょう。
バライの役割を、農業用ため池だけに限定できない理由
アンコールの大きな人工貯水池は、バライと呼ばれます。整った長方形の水面は、自然にできた湖とは違う、人の設計した景観です。水路、堤防、周囲の地形と合わせて、都市の水管理を担っていました。
ただし、巨大な水面があるというだけで、そこから周辺のすべての田へ同じ方式で灌漑したと断定することはできません。施設ごとの接続、高さ、使われた時期、堆積物などを調べて、実際の用途を復元する必要があります。生活用水、洪水への備え、宗教的な意味も含め、一つの機能だけで説明しきれない施設だったのです。
寺院の堀も同様です。水面は聖なる空間の表現にかかわる一方で、現実の水の出入りを伴います。宗教か実用かを二者択一にするより、信仰の中心を建設し維持すること自体が、地形や水の制御と結び付いていたと考えるほうが自然でしょう。
大干ばつの後の豪雨が、水路に与える二重の負荷
アンコールの変化を考える重要な資料に、樹木の年輪から復元した過去の気候があります。2010年の研究は、14〜15世紀に長く続いた干ばつと、その間に挟まる強い降雨の時期を示し、都市の衰退に気候が追加の負荷を与えた可能性を論じました。
ここで問題になるのは、単純に「雨が降らず、貯水池が空になった」という筋書きだけではありません。長い乾燥の後に大量の水が流れ込むと、水路の底や岸が侵食され、土砂が別の場所へ運ばれます。削られた区間と、堆積で埋まりやすくなる区間が、一つの水系の中に生じるのです。
水路の深さが変われば、水の分かれ方も変わります。ある道筋に水が集まり、以前は水を受け取っていた施設に届かなくなることもあるでしょう。水量だけでなく、流れる経路そのものの変化が、都市の維持を難しくしたと考えられています。
一部の損傷が全体に及ぶ、水管理網の弱点
2018年に公表された研究は、アンコールの水管理網をネットワークとしてモデル化し、大きな流入の変化が、どのように施設の損傷を広げうるかを調べました。分岐が多いから常に安全になるのではなく、上流の一部に負荷が集中すると、その影響が下流へ伝わる場合があるという結果です。
接続された仕組みの強みは、一つの場所の水を別の場所へ回せること。一方、そのつながりは、流れの偏りや土砂の移動を広げる経路にもなります。施設単体の大きさだけを増やせば、全体の安定性も同じだけ高まるとは限りません。
もちろん、シミュレーションは過去のあらゆる洪水を再現した映像ではなく、地形や接続に基づく仕組みの検証です。「この日にこの水路が壊れ、都市が終わった」とまでは証明していません。研究の面白さは、複雑な施設が持つ強さと弱さを、同じ接続関係から説明した点にあります。
「一夜にして消えた都市」とは異なるアンコールの変化
アンコールの衰退は、戦争や政治の変化、交易の重心の移動なども含む歴史です。2019年の堆積物研究は、都市の中心部の土地利用が、15世紀のある事件を境に突然終わったというより、以前から段階的に変化していた可能性を示しました。
また、都市の政治的な役割が小さくなることと、寺院での活動や人々の居住が完全に消えることは同じではありません。アンコール・ワットの発掘研究も、単純な全面放棄の説明では捉えられない居住の変遷を明らかにしています。
石造寺院の壮大さの背後には、季節ごとの雨に合わせて水を動かし、施設を直し続ける仕事がありました。アンコールを支えたのは、建築物を完成させる技術だけではなく、広い生活圏を日々維持する技術でもあったのです。
参考資料
- NASA・JPL:レーダー調査で捉えたアンコールの都市・水管理施設
- Evansほか(2013):Uncovering archaeological landscapes at Angkor using lidar
- Buckleyほか(2010):Climate as a contributing factor in the demise of Angkor, Cambodia
- Pennyほか(2018):The demise of Angkor — Systemic vulnerability of urban infrastructure to climatic variations
- Pennyほか(2019):アンコールの段階的な衰退を示す地質考古学的証拠
- Carterほか(2019):Temple occupation and the tempo of collapse at Angkor Wat, Cambodia