ノルウェーの海岸線に並ぶ、山の間を奥深くまで入り込んだ細長い海。フィヨルドと呼ばれるこの地形は、川が大きくなったようにも見えるでしょう。しかし、目の前の水は海水であり、その下には氷河が削った深い谷が隠れています。
フィヨルドの成り立ちを決めたのは、海が陸地を削り込む力だけではありません。かつて谷を満たしていた氷が岩盤を侵食し、その後、谷に海が入り込んだという順序が重要です。岸辺の崖と海底は、もともと一つの谷の断面だったのです。
川の谷を広げ、深めた巨大な氷の流れ
川は流路付近を中心に削り、斜面の崩壊なども加わって、典型的にはV字形の谷をつくります。そこへ厚い氷河が流れ込むと、削られる範囲は川底付近だけではなくなります。氷の底や側面に取り込まれた石が、谷全体に働きかけました。
氷そのものは硬い岩を簡単に切る刃物ではありません。しかし、底に含む岩片で地面を磨く作用や、割れ目のある岩をはぎ取る作用が長く続けば、谷は幅広く深い形に変わります。こうしてつくられる、底が広く側壁が急な谷がU字谷です。
谷の違いを強調した模式図です。氷期前後の海面や陸地の高さを一定にした実測図ではありません。
実際の地形には、岩石の硬さや断層、もとの谷の形も影響しています。断面が数学の文字どおりのUになるわけではありませんが、川がつくる狭い谷との違いを捉える目安になります。
フィヨルドの「山の高さ」は海面で終わらない
氷河が谷を掘り込む深さは、現在の海面より下に達することも珍しくありません。海へ通じる谷から氷が後退すると、低い部分へ海水が入り込むため、海底の深さまで含めて氷河が残した谷なのです。
世界遺産に登録されたノルウェー西部のガイランゲルフィヨルドとネーロイフィヨルドについて、ユネスコは、水面から高く立つ岩壁だけでなく、水面下へ続く深さも特徴に挙げています。船上から見える崖は、谷の全体ではありません。
そのため、岸に近いから浅いはず、とは考えられません。海面は谷の途中を横切っているにすぎず、水の青い帯のすぐ下にも、陸上の崖から続く大きな起伏があります。
海面上昇と陸地の隆起が重なった海岸線
氷期が終わるころ、大陸を覆っていた氷が解けると、海の水量が増え、世界全体の海面が上がりました。一方、重い氷に押されていた陸地は、その荷重が減った後、ゆっくり持ち上がります。ノルウェーの海岸では、海と陸の両方が動いてきました。
そのため、現在の岸の高さを、世界平均の海面変化だけで説明することはできません。かつて海底にたまった堆積物が、今は陸上にある場所もあります。海が入った後にも、海岸の位置は変わり続けてきたのです。
フィヨルドは「氷河が消え、海が入った」という基本形を持ちますが、現在の輪郭になるまでには地域ごとの変化がありました。同じ氷期を経験した海岸でも、岩盤や隆起の違いによって姿はそろいません。
高い崖から落ちる滝と、取り残された支谷
山の途中から海へ落ちる滝も、フィヨルドを特徴づける景観です。その成因の一つは、主谷と支谷の削られ方の差にあり、大きな谷を流れる厚い氷河に比べ、小さな支谷の氷河は底を深く掘り込まないことがありました。
氷がなくなった後も、谷底の段差は消えません。高い位置に口を開けた支谷は懸谷と呼ばれ、そこを流れる水が、低い主谷へ落ちる滝になります。
滝のすべてが同じ過程でできるわけではありませんが、細い水の流れと巨大な崖の組み合わせには、現在の川だけでは説明しにくい氷河時代の高低差が残っているのです。
奥は深く、入口が浅いフィヨルドもある理由
フィヨルドの海底は、必ずしも外海へ向かって一様に深くなる形ではありません。氷河がよく削った奥のくぼみに比べ、入口側の岩盤が高く残ることがあります。氷河が運んだ土砂が積もり、海底に段差や高まりをつくる場合もあります。
こうした浅い部分が、シルと呼ばれる海底の敷居です。位置や高さは一様ではありませんが、ノルウェー地質調査所の調査でも、氷河が後退する途中に残した堆積物の高まりなどが確認されました。
入口の海底が高ければ、奥の深い水と外海の水の交換にも制約が生じます。ただし、表面の水まで動かなくなるわけではありません。川から入る淡水、潮汐、風、海水の密度差などが重なり、表層と深層で異なる流れが生まれます。
リアス海岸との違いは、谷をつくった主な作用
日本のリアス海岸も、細長い湾が入り組む地形です。フィヨルドと似た輪郭に見える場所がありますが、典型的なリアス海岸は、河川が刻んだ谷へ海が入り込んだもの。フィヨルドでは、氷河による谷の拡大と掘り込みが決定的な役割を果たしました。
どちらも海に沈んだ谷ですが、谷のつくられ方が異なるため、断面の形や深さ、岸の急さにも違いが現れます。地図の海岸線だけでなく、水面下を含む断面に目を向けると、同じ「入り江」に刻まれた歴史の違いが分かります。