アルプス周辺の地図には、山間から平地へ延びる湖がいくつも並びます。南側のコモ湖やガルダ湖、北側のチューリヒ湖など、山麓の大きな湖には細長いものが目立ちます。なぜ水は、山のふもとにこのような形で残ったのでしょうか。
鍵になるのは、山から流れ下った氷河が谷を深く削り、その出口付近に岩の敷居や土砂を残したことです。湖は単に「氷が融けた水たまり」ではありません。氷が去っても水をため続ける、地面の形が必要なのです。
山の谷を通った氷と、湖の細長い輪郭
山岳地帯に積もった雪は氷となり、重力によって低い場所へ流れます。氷河は、もともと川などがつくっていた谷を利用しながら進み、その底や側面を削りました。谷の方向に沿って侵食が集中すれば、あとに残るくぼみも細長くなります。
氷の中や底に取り込まれた岩の破片は、岩盤を磨く道具になります。割れ目から岩塊を引きはがす作用や、氷河下を流れる水の働きも加わるため、氷そのものが柔らかいから岩は削れない、ということではありません。
ただし、氷河が何もない場所に最初から谷をつくったわけではありません。岩石の硬さや断層、以前からあった谷の配置を受け継ぎながら、何度もの前進と後退によって地形を大きく作り変えたのです。
川なら通り抜ける谷が、湖に変わる条件
水は低い方へ流れるので、出口に向けてずっと下り坂の谷なら、川が通るだけで大きな湖にはなりません。湖になるには、周囲や出口より深いくぼみが必要です。
氷河は場所によって侵食の強さを変え、谷の一部を出口側の岩盤より深く掘り下げることがあります。この「過深掘り」によって、上流から下流へたどったとき、底がいったん深くなってから再び高くなる形ができます。
氷が後退して水がたまると、水面は出口の高さまで上昇。それを超えた水は流れ出ますが、出口より低い部分の水は残ります。流出河川があるのに湖がなくならないのは、この器の形によるのです。
湖の長手方向の模式断面です。岩盤の敷居を示し、モレーンや湖底堆積物は省略しています。水面を流れる矢印は、湖内の全流線を意味しません。
ガルダ湖南側に残る、氷河の先端の跡
氷河は谷から出て平地に近づくと、横へ広がることがあります。先端や側面には運んできた土砂が集まり、弧を描く丘陵を残しました。ガルダ湖の南側に広がるモレーンの丘は、その代表例です。
モレーンは、氷河が運び残した岩屑や土砂の集まり。湖の出口側では、この堆積物が水をせき止める条件の一部になります。岩盤を削ってできたくぼみと、出口に積もった土砂は、どちらか一方しか働かないわけではありません。
ガルダ湖では、北側の山に挟まれた細い部分と、南側の広がった部分、その外側の弧状の丘陵を合わせると、谷を下った氷が山麓へ広がった配置を理解できます。水面だけでなく、周囲の丘も湖の成り立ちの一部なのです。
湖がない平地にも埋もれている氷河のくぼみ
かつて深く削られた谷が、現在も湖になっているとは限りません。川や融け水が砂礫を運び、細かい泥がたまれば、くぼみは次第に埋まります。地表だけを見れば、普通の谷底の平地に見えることもあるでしょう。
スイスのベルン周辺では、掘削によって厚い堆積物に埋められた氷河性のくぼみが調べられています。2022年の研究が扱った約240メートルの堆積記録も、その一例です。湖の数だけを数えても、氷河が掘ったくぼみの総数にはなりません。
堆積物の中身も一様ではなく、氷河に関係する堆積物、湖の泥、川の砂礫などが重なります。水をたたえた時期と土砂で埋まった時期を区別することで、表面からは消えた地形の変化を復元できるのです。
残った湖の形を決める、侵食と埋め戻しの差
アルプスの湖がすべて同じ形でないのは、氷の通り道も、岩盤も、土砂の供給も異なるためです。細長い湖のほかに、曲がった湖、枝分かれした湖、広い水面を持つ湖があります。
しかも地形の形成は、最後の氷河が去った瞬間に終わっていません。流入河川は湖の入口にデルタをつくり、底へ堆積物を送り続けます。湖は氷河が掘り残した器であると同時に、川によってゆっくり埋められていく場所でもあるのです。
山麓に並ぶ水面は、単に融けた氷の名残ではありません。どこが深く削られ、どこが出口として残り、どれだけ埋め戻されたか。その差が、今の湖の長さ、深さ、岸の形に表れています。