バミューダ諸島の地下には、火山がつくった巨大な土台があります。それなのに、地上で黒い溶岩の山は目立ちません。現在の地表を覆うのは、海の生物に由来する炭酸カルシウムの堆積物。明るい石灰岩や低い丘は、火山の上に加わった、後の時代の産物です。
その石灰岩の多くは、海底で積もったまま固まったものですらありません。砂浜から風で運ばれた砂丘が固まった岩が、島の地表を広く占めています。火山、海の生物、波、風という異なる働きが、順番に重なった島なのです。
海底から立ち上がる火山と、地表に見える岩の違い
バミューダは北大西洋に孤立した島々ですが、海底から全体を眺めれば、見えている陸地は巨大な海山のごく上部に当たります。火山性の岩体が海底から高まり、その上に炭酸塩の台地が載っています。
火山起源という言葉は、現在の地表がすべて火山岩だという意味ではありません。土台ができた後、侵食や堆積、海面変動が進めば、露出する岩は変わります。島の起源と、今歩いている地面の材料は、異なる時代の産物であり得るわけです。
上下で縮尺は異なり、実測断面ではありません。下段の砂が後に固まる過程を示し、表面の全堆積物が風成砂丘という意味ではありません。
生物の硬い部分が、白い砂の材料へ
周辺の浅い海では、さまざまな生物が炭酸カルシウムの殻や骨格をつくります。それらが細かく砕かれると、波や流れで運ばれる砂の材料になります。白い砂がすべてサンゴ一種類の破片というわけではありません。
波と海流が浅瀬や浜へ集めた砂を、今度は風が陸側へ運びます。陸の砂丘も、材料は海の生物の破片というつながりです。砂丘と聞いて、砂漠を思い浮かべる必要はありません。十分な砂と風があれば、海岸にも発達します。
風に積まれた砂丘が、石灰岩になるまで
炭酸塩の砂では、水による溶解と沈殿などを通じ、粒子同士を結びつける成分が隙間に加わります。ばらばらの砂粒が、やがて固い岩へ。このように風成の堆積物が固まった岩を、エオリアナイトと呼びます。
岩の内部に斜めの細かな層が重なることがあります。砂丘の斜面へ砂が落ち、風に合わせて丘が移動した跡です。岩の層が斜めだからといって、すべてが後から地殻変動で傾いたとは限りません。砂として積もった時点の角度が、岩の中に保存されている場合もあります。
2015年の研究では、斜めの層の向きや、砂丘に埋められた木の跡などから、砂丘が浜を離れ、陸の内側へ進んだことが検討されました。固まりやすい砂だから最初から動かなかった、というわけではありません。今は岩として動かない丘の内部に、かつて森へ進んだ砂の履歴が残っているのです。
砂丘の間に挟まった、赤い土の時間
バミューダの石灰岩層の間には、赤褐色の古い土壌が挟まっています。砂が絶えず積もり続けたわけではありません。地表が安定して土が育ち、その上へ再び砂が重なったため、かつての地面が地層の中へ保存されたのです。
2012年の地球化学的な研究は、バミューダの土壌の形成に、アフリカから運ばれた塵が重要な役割を果たしたことを示しました。島で見つかる土の材料が、島の岩だけに由来するとは限らないのです。小さな島の地層には、海の生物だけでなく、大気による遠距離輸送の履歴も残ります。
低い海面の時代に続いていた土地と、現在の島々
氷期と間氷期には、世界の海面が大きく上下しました。海面が低い時期に陸だった場所も、水位が上がれば浅い海へ変わります。現在、入り江や水路で隔てられる島々の輪郭は、こうした海面変動とも結びついています。
石灰岩は雨水や地下水で溶け得るため、洞窟などの地形も発達します。いま水没している空間が、より低い海面の時代の環境と関係している場合もあります。現在の水面だけを基準に、洞窟ができた条件を考えることはできません。
バミューダが火山らしく見えないのは、火山の土台が存在しないからではありません。その上に積み重なった海と風の仕事が、今日の島の表情をつくっているからです。