川を下れば、いつか海へ出る。そんな地図の見方が通用しない場所が、ボツワナ北西部のオカバンゴ・デルタです。大河が幾筋もの水路へ分かれた先には海岸ではなく、草原と湿地、砂に覆われた内陸の大地が続きます。
しかも、この水郷が大きく広がるのは、周囲の雨が少なくなる乾季。遠くアンゴラで降った雨が時間をかけて到着し、海への出口を持たない低地を潤すためです。川の終点を決めているのは、砂が水を吸う力だけではありません。
海の代わりに水を受け止める、カラハリの低地
オカバンゴ川の水は、アンゴラの高地からナミビアを経てボツワナへ入ります。その先にあるのが、非常に傾斜の緩い低地。水路が枝分かれし、運ばれてきた土砂が広い範囲へたまることで、扇状に広がる地形ができました。
海へ注ぐ河口の三角州と形は似ていても、ここに海面との接点はありません。オカバンゴ・デルタは、河川が内陸へ広がる大規模な扇状地であり、海へ流出しない水系の末端にある「内陸デルタ」なのです。
なぜ川がもっと先まで流れないのでしょうか。水は低い方へ進みますが、その先の地面が海まで下り続けているとは限りません。地殻の変形や断層運動が関わってできたこの低地では、水が広く分散する一方、集まった流れを海へ送り出す連続した出口がないのです。
雨季から数か月遅れて届く、アンゴラの水
オカバンゴの増水を、デルタ周辺の天気だけから予想することはできません。水を供給する広い集水域は遠く上流にあり、アンゴラの雨季と、下流で洪水が広がる時期との間には数か月のずれがあります。
NASAが紹介する典型的な季節の流れでは、上流でおおむね10月から3月に降った雨による水が、デルタの下流側へ十分に広がるのは7月ごろ。ボツワナでは南半球の冬に当たり、乾季のさなかです。雨雲がなくても水辺が増えるのは、別の場所、別の季節に降った雨が届くためなのです。
遅れの原因は距離だけではありません。緩い勾配、水路の曲がり、湿地での貯留によって増水の波がゆっくり伝わり、デルタのどの場所にいるかでも水の到着時期が変わります。
季節と水の経路を示す模式図で、縮尺のある地図や実測流量のグラフではありません。到着時期は場所と年で変わり、周辺低地へ出る水や浅い地下水の循環は省略しています。
「砂に消える水」の大部分が向かう先
砂漠へ流れ込む川と聞くと、巨大な地下空洞へ水が吸い込まれる様子を想像するかもしれません。しかしオカバンゴで水が失われる主な経路は、地下深くへ向かう流れではなく、空気中へ戻る蒸発散です。
水面や土から直接水蒸気になるのが蒸発、根から吸われた水が葉などを通って出ていくのが蒸散。湿地には水を使う植物が多く、水が地表の広い範囲へ薄く広がるため、川一本にまとまっているときとは大気との接し方が違います。
もちろん、砂の隙間へ浸透する水もあります。ただし、地中へ入った水がすべて深い地下水として域外へ去るわけではなく、浅い地下水から植物に吸われ、最終的に大気へ戻る経路も重要です。「地表から見えなくなること」と「湿地の水収支から失われること」は、同じ段階ではありません。
ボテティ川へ流れても、海への出口にはならない理由
内陸デルタだからといって、扇形の輪郭から一滴も水が出ないわけではありません。水量の多い時期には周辺の水路や低地へ水が送り出され、ボテティ川やンガミ湖などへつながる流れが生じます。
ここで区別したいのは、「デルタの外」と「閉じた水系の外」です。隣の低地へ進んでも、その先で再び蒸発したり地中へしみ込んだりするなら、海まで続く流出路を得たことにはなりません。
こうした接続は毎年同じではなく、長く乾いていた水路に、大きな増水の年だけ流れが戻ることもあります。NASAが記録した2012年の洪水でも、普段とは異なる水路への広がりが観測されました。衛星写真に写る水域の輪郭は、この変動する水収支の一場面なのです。
淡水の湿地に隠れた、島の地下の塩
大量の水が蒸発するなら、湿地全体が塩湖のように塩辛くなってもよさそうです。ところがオカバンゴでは淡水の流れが保たれる一方、島の地下に塩分の濃い水があるという、場所による大きな違いが見つかっています。
重要な仕組みの一つが、植物による水の吸い上げと、地下水の移動です。島で水が蒸発散によって失われると周囲から水が補われますが、水とともに運ばれた塩類は同じようには大気へ出ていきません。地下で濃縮され、鉱物として析出する成分もあります。
タタ島を調べた研究では、島の周辺から中央へ向かって地下水の塩分が高くなる分布が確認されました。地表に緑が見えることと、その真下の水が淡水であることは、必ずしも一致しないのです。
ただし、すべての島の地下を一つの模型で説明できると決まったわけではありません。季節的な氾濫域で得られた別の地下水像をめぐっても議論があり、塩の濃縮と移動の経路は場所ごとの地層や水の入り方を含めて研究されています。
乾季の水辺をつくる、二つの季節の重なり
オカバンゴでは、現地の雨による潤いと、遅れて届く上流の洪水が重なり合って一年の水環境をつくります。ずっと水のある場所、乾季に水没する草原、増水しても水面の上に残る島。少しの高低差でも、水に浸かる期間は同じではありません。
その違いが、魚の生息場所、草食動物の採食地、樹木の生える位置を分けています。周囲が乾く季節に水が到着するため、デルタは単に「水の多い土地」以上の意味を持つのです。
海へ届かなかった水は、失敗した川の残りではありません。アンゴラの雨、緩い地形、湿地の植物、大気への水の移動が組み合わさることで、内陸ならではの広大な水郷が成り立っています。
参考資料
- UNESCO World Heritage Centre:Okavango Delta(内陸デルタの地形と季節的な氾濫)
- NASA Earth Observatory:Not Your Usual Flooding in Botswana(2012年の観測と上流の雨から洪水までの時間差)
- McCarthy・Humphries(2024):オカバンゴの地下水モデルをめぐる論考(蒸発散、島の塩類集積と研究上の論点)
- Shemangほか(2013):タタ島の地下水と塩分分布の電気探査(ボツワナ研究情報ポータル掲載の研究概要)
- Dauteuilほか(2021):Trace Metal Enrichments in Water of the Okavango Delta(島の地下水構造についての別の観測結果)