テネリフェ島の山では、麓が曇っていても、高い場所へ登ると雲の上に出ることがあります。山頂まで雲が連続するのではなく、中腹に白い帯がたまるのです。
この雲の層をつくるのは、海から湿った空気を運ぶ貿易風、空気を持ち上げる斜面、そして上昇を抑える温度逆転層です。山の高さだけでなく、空気の縦方向の構造が、雲のできる場所を決めています。
北側の斜面へ届く、湿った貿易風
アフリカ大陸の北西沖にあるスペイン領カナリア諸島は、北東貿易風の影響を受けます。海上を通った比較的湿った空気がテネリフェ島の北側の山地にぶつかると、斜面に沿って上昇しやすくなります。
空気は上昇して圧力が下がると膨張し、温度も低下します。含まれていた水蒸気の一部が細かな水滴になれば雲が現れます。雲が山の中腹に多いのは、単に山が雲を物理的に引っ掛けるからではありません。
上へ行くほど暖かい層が、雲の成長を抑える仕組み
地表に近い大気では通常、上空ほど温度が下がる傾向があります。ところが、ある高さで上側の方が暖かくなる場合があり、この状態が温度逆転です。冷えながら上昇してきた空気は、暖かい周囲の空気の中で、そのまま浮き上がり続けることができません。
テネリフェ島では、下層の湿った空気の上に、下降して暖まり乾いた空気が重なる状況がよく現れます。下から上がった空気が自由に伸び続けるのではなく、雲の厚さが制限され、横に広がる層になりやすいのです。
代表的な大気構造の模式図です。山の断面や雲の高さは実測ではなく、雲と逆転層は日や季節によって変化します。
雲海の上に置かれたイサーニャ観測所
スペイン気象庁AEMETのイサーニャ観測所は、通常、この逆転層より上に位置します。下層の空気とは性質の違う自由対流圏の観測に適していることが、観測所の重要な特徴です。
麓の曇り空と山頂側の青空は、矛盾した天気ではありません。同じ島の上に、異なる空気の層が重なった姿です。山を登るという水平に短い移動が、大気中では大きな環境の切り替えになることがあります。
雨滴だけでなく、霧の水滴を受け取る森
湿った貿易風にさらされる斜面では、常緑の照葉樹林などが育ちます。アナガ山地で行われた観測では、葉や枝に霧の水滴が集まり、下へ滴る現象が確かめられました。雲に包まれる時間は、森にとって水を受け取る機会にもなるのです。
同じ観測では、霧のある時間帯に日射や植物の水の消費が抑えられることも調べられました。霧は、水を加えるだけでなく、失われ方にも関わります。ただし、供給量は風や植物、雲の持続時間で違い、島の森林全体へ同じ値を当てはめることはできません。
雨量計だけでは捉えきれない、霧の水
霧の小さな水滴は、風に運ばれて葉や枝へ衝突します。上から落ちる雨の量と、森林が霧から受け取る水の量は、同じ方法だけでは捉えきれません。アナガの研究では、霧の捕集、林内で落ちる水、土壌水分、幹の内部を通る水などを組み合わせて観測しました。
観測では、霧のある条件で葉からの水の損失が抑えられ、一部では葉から水を取り込む現象も確認されました。木はただ受動的にぬれるだけではありません。雲霧林の湿り気には、水滴の供給と植物自身の反応の両方が関わっています。
固定した高さに置かれた、永久の雲の帯ではない
雲の底や頂上の高さは、空気の湿り気と逆転層の強さで変わります。貿易風が弱い日、別の気団が入る日、低気圧が通る日には、同じ景色にならないこともあります。
したがって「標高が高いほど必ず湿る」とも、「南側ならいつでも晴れる」ともいえません。テネリフェ島では、地形を上ることで、乾いた麓、雲に包まれた中腹、再び乾いた上部という並びが成立し得ます。高度と湿度が一直線には対応しないところに、島の環境の豊かさがあります。