バハ・カリフォルニア半島の太平洋側には、冬になるとコククジラが集まる潟があります。陸に囲まれた水面でも、淡水の湖ではありません。細い出入口で外洋とつながり、砂州などに波を遮られた浅い海の水域です。
クジラが来る理由は、「南の海は暖かいから」だけでは説明できません。子を産み育てる季節、海岸の形、出入りできる水路、北の餌場との往復が、これらの潟を一年の生活史の中へ位置づけています。
砂州の内側にできた、外洋とつながる水域
オホ・デ・リエブレ潟とサン・イグナシオ潟は、世界遺産「エル・ビスカイノのクジラ保護区」に含まれます。地図では陸に囲まれた湖のようにも見えますが、海との間には出入口があり、潮の満ち引きに応じて水が交換されます。
砂州や浅い場所は外洋からの波を弱めますが、海との行き来まで完全に断つわけではありません。クジラは残された出入口を通って潟へ入り、再び沿岸の長い移動へ戻れます。波からの保護と、海との接続を両立する地形なのです。
特定の潟の輪郭や航行可能水深を示していません。矢印は往来の可能性で、全地点・全時間で流れが穏やかという意味ではありません。
北で餌を得て、南で子を育てる一年
ここを利用する東部北太平洋のコククジラは、夏の主な採餌海域と、冬の繁殖・育児の海域の間を移動します。北のベーリング海やチュクチ海などで餌を得た個体が、北米の海岸に沿って南へ向かうのです。
南の潟に長く集まっているからといって、そこが一年を通した最大の餌場とは限りません。動物の居場所を考える際には、餌、出産、育児、移動を分ける必要があります。同じ個体でも、季節によって必要とする場所が変わるからです。
また、すべてのコククジラが全く同じ海域を使うわけではありません。北太平洋には異なる集団があり、東側の集団内にも移動や採餌の違いがあります。バハの潟は重要な繁殖地ですが、種全体の生活を一か所で代表できるわけではありません。
暖かさだけで決まらない、母子の滞在場所
浅く、外洋の強いうねりから保護された潟は、母子が過ごす環境になります。水温もその利用に関係しますが、温度が高ければ高いほどよいという単純な関係ではありません。
研究者による長期観察では、水温の違いとともに、バハ沿岸の繁殖集団や潟内の母子の分布が変わることが報告されています。暖かい年ほど同じ潟へ必ず多く集まる、という結果ではありません。個体が選べる場所は潟の外にもあり、水温の変化は滞在先の変化にもつながるのです。
潟の入口には潮流があり、内部も水深や流れが一様ではありません。地図上の「浅い海」という一色の範囲の中にも、クジラの利用条件には違いがあります。
母子の北上が、繁殖の結果を伝える理由
春には、子を連れた雌も北へ向かいます。NOAAの研究では、カリフォルニア沿岸を通過する母子を数え、毎年の子の生産状況を推定してきました。潟で見つかった数だけではなく、移動経路上の観測も繁殖の把握に使われています。
ある潟でクジラが少ない年があっても、その理由は一つではありません。個体数、出産数、到着の時期、別の場所の利用などを区別する必要があります。同じ日程の観光写真を比べるだけでは、集団の状態までは判断できないわけです。
小さな潟と、北太平洋規模の生息環境
衛星画像では、砂漠の海岸に青い水域が入り込む姿が目立ちます。しかし、その潟だけを守ればクジラの一年が完結するわけではありません。遠い採餌海域や、途中の沿岸航路まで、生活の舞台はつながっています。
海岸の小さな出入口には、大きな意味があります。外洋の波を弱める砂州と、外の海へ通じる水路。その組み合わせが、長距離を移動する海の哺乳類に、季節ごとの滞在場所を用意しているのです。