本文へ移動
世界と暮らしの疑問を整理する知識ポータル
行動経済学入門

おとり効果とは 選ばれない商品が、ほかの商品の魅力を変える理由

公開日

喫茶店で、300円の小さなカップと450円の大きなカップを前に迷っています。そこへ、容量は小さいほうと同じなのに400円する第三のカップが加わったら、どうでしょう。「それなら300円のほうで十分お得だ」と、小さなカップに気持ちが傾くかもしれません。300円の品も450円の品も、値段や中身は変わっていないのに。

おとり効果とは、ある選択肢に比べて明らかに劣る第三の選択肢が加わることで、その比較相手が選ばれやすくなる現象です。アトラクション効果、非対称優越効果とも呼ばれます。鍵になるのは、おとり自体の売れ行きではありません。買わない品物が、買う品物の評価に参加する。その不思議さが、選択の研究につながりました。

選ばれないカップが、二択の印象を変える仕組み

比較をはっきりさせるため、ここからは架空の飲み物を、容量と価格だけで考えてみましょう。Aは200mlで300円、Bは350mlで450円。味や容器、飲む場所など、ほかの条件は同じとします。少ない支出を優先するならA、たっぷり飲みたいならBでしょう。

AとBの間には、どちらか一方がすべての点で勝つ関係がありません。安さを取るか、量を取るかという交換条件があり、自分にとって何が大切かを決める必要があります。選ぶのに少し考え込むのは、そのためです。

ところが、200mlで400円のCが加わると事情が変わります。AはCと同じ量を100円安く買える一方、BはCより量が多くても50円高い。Aには「Cより明らかによい」という分かりやすい比較が生まれ、Bには生まれません。三つ目の品は、二つの候補を均等に引き立てるわけではないのです。

Aは200mlで300円、Bは350mlで450円、Cは200mlで400円。CはAに劣るが、Bよりは安い。
図1 味や容器を同じとした架空の比較。Cとの比較はAだけを明確に有利にします。選択率を測定した図ではありません。

「非対称」が意味する、一方にだけ負ける関係

経済学で、ある案が別の案に「支配される」というのは、比較する属性のどれでも勝らず、少なくとも一つで劣る関係を指します。今回のCはAに支配されています。同じ200mlなら、300円より400円を選ぶ理由は、この二属性の中にはありません。

一方、CとBなら、Cには価格が安いという利点が残ります。CはAには一方的に負けても、Bには一方的に負けない。この片寄った比較関係が「非対称」です。ただの高額商品、ただの不人気商品を、すべておとりと呼べるわけではありません。

実際の店なら、カップのデザインや温度の保ちやすさが違うこともあるでしょう。200mlで400円の品が、別の豆を使っているなら比較条件は別物。おとり効果を説明するモデルでは、どの属性を同じと置いたかまで含めて、一方的な優劣を考えます。

1982年の研究が揺さぶった、選択肢を増やす常識

Huber、Payne、Putoが1982年に発表した研究は、非対称に劣る選択肢の追加によって、既存の特定の選択肢が選ばれる割合が上がりうることを示しました。選択のモデルにとって意外だったのは、「新しい候補に客を奪われる」とは反対の変化が起きた点です。

もし一人ひとりが固定した順位表を持ち、そこから最上位を選ぶだけなら、第三の品を追加しても、二番手だった品が一番手へ昇格することはないはずでしょう。新しい品が首位を奪うことはあっても、既存の二品の順位までは入れ替わりません。

この考え方を選択確率に表した条件を、レギュラリティと呼びます。候補を増やすだけで、もともとの候補が選ばれる確率は増えない、という条件です。おとり効果は、好みを固定した順位表として扱うだけでは説明しにくい選択があることを示したのでした。

「好きなもの」だけでなく「選びやすい理由」も比較対象

AとBの比較では、200mlで足りるのか、追加の150mlに150円を払いたいのかを考えなければなりません。ところがAとCなら、同じ量が100円安いという答えをすぐ出せます。難しい比較と簡単な比較が、同じ売り場に並ぶわけです。

ここから考えられるのが、選択の理由を組み立てる過程です。「Aの量が今の自分にちょうどよい」より、「AはCより得だ」のほうが説明しやすくなるかもしれません。おとりとの比較は正しくても、その比較が最初の二択を解決したとは限らないところが難しい点です。

本来の問いは、AとBのどちらで満足できるか。しかし途中で、AとCのどちらが有利かという、答えやすい問いが強い存在感を持ち始めます。価格表の正確な計算と、目的に合う選択は、同じことではないのです。

おとりが消えても残る、最初の交換条件

Cが売り切れたと想像してみましょう。残るのは、200mlで300円のAと350mlで450円のBです。Aを選ぶ理由が「Cより安かったから」だけなら、いま必要な量をまだ考えていない可能性があります。

ただし、Cを見てAを選んだ人が、必ず後悔するわけではありません。もともと200mlで十分なら、Aは目的に合っています。おとり効果は、不正解の商品を買う現象と同義ではなく、比較の構成によって選ばれやすさが変わる現象なのです。

たくさん飲めば満足が増えるとも限らないでしょう。持ち歩く重さ、飲み切れる時間、残す可能性まで考えれば、少量の価値は別の形になります。価格と容量の二軸は仕組みを理解する道具であって、飲み物の価値をすべて表すものではありません。

真ん中を選ぶ「妥協効果」との違い

200mlで300円、350mlで450円、500mlで650円なら、どうでしょう。安く少ない品、高く多い品、その中間が並んでいます。この三品には、同じ量なのに高いという分かりやすい劣位の品がありません。

それでも「多すぎず少なすぎない350ml」を選びたくなることはありそうです。こうした中間の選択肢の魅力を扱うのが妥協効果。非対称な優劣を作るおとり効果とは、比較の形が違います。「三種類並べると売れ方が変わる」という外観だけでは、同じ現象と判断できません。

また、最初に高い価格を見て次の品を安く感じるアンカリングとも区別が必要です。こちらで中心となるのは、数値が判断の出発点になること。おとり効果の説明では、価格の順番より、候補同士の優劣関係に注目します。

数字の比較表では起きても、味見で同じとは限らない

教科書的な例では、容量や価格の差がはっきりしています。しかしコーヒーの味を比べるとき、「香り7点、苦味5点」といった数字だけで選ぶでしょうか。実際には口に含んだ感覚や、いつも飲む味との違いが重要になるはずです。

Frederick、Lee、Baskinによる2014年の研究は、数値で整えた商品説明と、写真や実際の経験を伴う比較では、おとり効果の現れ方が異なることを検討しました。抽象的な数値表で得られる効果を、そのまま実際の購入場面へ持ち込めるのかを問い直した研究です。

この結果は、おとり効果が存在しないという意味ではありません。比較表に載せやすい特徴と、経験して初めて分かる好みでは、判断材料が異なるということです。「おとりを置けば必ず売れる」という説明には、そうした条件の違いが抜け落ちています。

「選択肢が増えた」と「情報が増えた」の境目

カメラを選んでいて、廉価版を見たことで防水機能の大切さに初めて気づいたとしましょう。それなら、別の品を見て好みが変わったことには、新しい情報を得たという理由があります。第三の品が判断を変えたとしても、直ちに不合理とは言えません。

逆に、性能について新しく分かったことはないのに、「あの品よりまし」という一点だけで評価が上がる場合もあるでしょう。同じ選択の変化でも、どちらが起きたかで意味は違います。現実の買い物は、固定した商品情報を比べる実験より複雑です。

比較の相手が増えると、特徴を学ぶ機会も増えます。おとり効果を知る価値は、候補の追加をすべて警戒することではありません。新しく得たのが役立つ知識なのか、それとも一方を選びやすくする理由なのか。その二つを区別できる点にあります。

選択の一貫性を確かめる、二品だけの比較

AとBを比べ直すとき、Cを頭から無理に消す必要はないでしょう。追加の150円で何を得るか、200mlで用が足りるかといった、二品の差に質問を戻せば十分です。そもそも飲み物を買わない、という選択も残っています。

買うことが前提の比較表では、品物同士の勝ち負けに意識が向きがちです。しかし、その場で欲しい量を超えていれば、どちらが割安でも自分に必要な買い物とは限りません。容量当たりの安さは、使う量を自動的に増やしてくれるわけではないのです。

300円のカップに納得できる理由が、安さ、飲み切れる量、持ちやすさとして説明できるなら、Cを見た経験を否定する必要はありません。比較の履歴より、最後に何を価値と認めたかが重要でしょう。

選択の割合が上がることと、選ぶ人数が増えることの違い

おとりの影響を数字で確認するときにも、比較の範囲に注意が必要です。説明用に、100人のうち40人がA、60人がBを選ぶ場面を考えます。別の100人にCを加えた三択を示したところ、Aが36人、Bが44人、Cが20人になったとしましょう。

AとBを選んだ人だけに絞れば、Aの割合は40%から45%へ上がっています。しかし、全体でAを選んだ割合は40%から36%へ下がりました。この数値例では、既存の候補の選択確率が増えないというレギュラリティは破れていません。

「Aの相対的なシェアが上がった」と「Aそのものが選ばれやすくなった」は、同じ報告ではないのです。おとり効果をめぐる議論で何が増えたと主張しているかを確かめるには、分母が全員なのか、元の二択を選んだ人だけなのかまで見る必要があります。ここに挙げた人数は計算上の違いを示す仮の数字であり、研究結果ではありません。

第三の選択肢に勝つことが、目的への近道とは限らない理由

AにはCより優れているという強みがありますが、それはCが隣にいるときに成立する比較です。自宅で飲んでいるときには、Cはありません。残るのは、選んだ量と味、支払った300円という結果でしょう。

この時間の違いを考えると、選ぶ瞬間に分かりやすい利点と、使っているときに役立つ利点を分けられます。容量と価格の釣り合いを納得して選べたのか、分かりやすい勝ち相手があることで決めやすくなったのか。どちらの場合も気持ちよく決断できるため、決断時の自信だけでは区別できません。

比較の簡単さを全く使わずに選ぶのは、時間のかかる作業です。だからこそ、何もかも細かく調べ直すより、最も重要な用途だけは別に確かめる意味があります。飲み切れる量かという一問は、価格表の全候補を順位付けすることとは違う角度から、選択を支えてくれるでしょう。

買われなかった商品の、見えない役割

売れなかった商品は、何の役割も果たさなかったように見えます。ところがおとり効果を考えると、売り場での存在自体が他の商品との比較に使われた可能性が残ります。販売数がゼロでも、選択の過程ではゼロとは限らないのです。

もちろん、売れない品があるだけで、店が意図的におとりを置いたとは断定できません。仕入れの事情も、客の好みの変化もありえます。おとり効果が捉えるのは店の悪意ではなく、物の評価が、その物だけを見て決まるとは限らないという選択の性質です。

値札の数字を正しく比べることと、比較する相手を適切に選ぶこと。その二つは別の仕事だったと気づくと、ありふれた三つのカップにも、意思決定の奥行きが見えてきます。

参考資料

行動経済学入門

行動経済学の理論