ノルウェーの山岳風景を思い浮かべながらデンマークへ行くと、同じ北欧とは思えないほど穏やかな起伏に出会います。ユトランド半島と周辺の島々からなるデンマーク本土では、最高点のモレホイでも標高は約171メートル。ここでは、山岳地帯のあるグリーンランドやフェロー諸島は含めていません。
低い地形を説明する鍵は、氷河期に大地を覆った氷と、その前後に積み重なった堆積物です。ただし「氷河が高い山を全部削った」という単純な話ではありません。氷は削るだけでなく土砂を運んで置き、融けた水も低地の形をつくり直しました。
高山のない国に残る、氷河がつくった丘
デンマークの地表に広く分布するのは、氷河が運んだ粘土、砂、礫などです。氷が直接残した堆積物には、粒の大きさがそろわない混合物があり、ティルと呼ばれます。川の流れで粒が選り分けられた砂地とは、同じ成り立ちではありません。
山をつくる仕組みには違いがあります。地殻が大規模に押し縮められてできる高い山脈と、氷が押したり積み上げたりした土砂の丘は、同じ「高まり」でも成り立ちが別です。デンマークの多くの丘陵を理解するには、後者の作用が欠かせません。
氷の前縁がある場所にとどまると、土砂が帯状に集まりやすくなります。前進する氷が既存の地層を押し曲げる場合もあり、地表は必ずしも平らになりませんでした。氷河は、巨大なやすりであると同時に、地面を運び直す力でもあったのです。
氷の前に広がった、融け水の砂礫平原
氷河から流れ出た水は、氷の中や底から砂と礫を運び出します。氷の前方で流れが広がると、運びきれない材料を置きながら、緩やかに傾く平原をつくりました。これが氷河性の扇状地やアウトウォッシュ平原です。
氷が直接置いた堆積物と違い、流水は粒をある程度選り分けます。重い礫は流れの強い場所に残りやすく、細かい材料はさらに遠くへ。見た目には似た低地でも、地面の中の粒の組み合わせや層の重なりは同一ではありません。
その差は、水の通りやすさにもつながります。砂礫の層と粘土を多く含む層では地下水の動きが違うため、デンマークの地質図は地形の歴史を調べるだけでなく、地下水や土地利用を考える基礎にもなっています。
二つの異なる現象を示す模式図です。氷河が高山をすべて削り平らにした、という意味ではありません。下段は実際の地下断面の測定図ではありません。
西の古い丘と東の新しい氷河地形
デンマーク全域が、最後の氷河期に同じように氷で覆われたわけではありません。ユトランド西部には、より古い氷河期に形成された丘陵が残り、その周囲を後の融け水が運んだ砂礫が埋めた場所があります。
古い丘が新しい砂礫の平原から島のように突き出すため、デンマーク語で「丘の島」に相当する bakkeøer と呼ばれます。海に浮かんだ島という意味ではなく、異なる時代の地形が隣り合っているのです。
東部などには、最後の氷の前進・後退に強く影響された起伏が残ります。したがって、国全体を一枚の平らな土地と考えるより、氷が届いた範囲と、その外側を流れた水の範囲に分けたほうが、低い丘や平原の配置を説明しやすくなります。
地表の平らさに隠れた、地下の深い谷
さらに意外なのは、穏やかな地表の下にも谷があることです。デンマークでは、氷河の下を流れた融け水が削った「トンネル谷」が広く確認されています。後の堆積物に埋まり、地上からは分からない谷も少なくありません。
地表の川は、おおむね河床の低くなる方向へ流れます。しかし氷河下の水を動かすのは、厚い氷による圧力を含めた差です。トンネル谷には、途中に敷居があり、底が単純な下り坂になっていない例も少なくありません。
平らな地表を見ただけで、地下まで平らな層が続くとは判断できません。掘削調査や物理探査が、埋もれた谷と、それを満たす砂や粘土の複雑な配置を明らかにしてきました。
低い標高と単調な地質は別の話
デンマーク本土に高山が乏しいのは、現在の地表を高い山脈よりも、低地に重なった堆積物と氷河の作用が特徴づけているからです。氷河が去ったあとも、海、川、風がその表面を変えてきました。
もちろん、どの場所でも氷河堆積物だけが見えるわけではありません。ボーンホルム島などでは古い岩盤が地表近くに現れ、海岸では崖や砂丘も発達します。低い国という共通点の中に、異なる地質の履歴があるのです。
モレホイの高さだけなら、デンマークは地形の乏しい国に見えるかもしれません。けれども丘の材料、平原の砂、地下に埋もれた谷をたどると、何度もの氷の前進と水の流れが重なった大地であることが分かります。