山の多いイタリアで、道路や農地が遠くまで続くポー平原は際立った存在です。北にアルプス、南にアペニン山脈。その間の広い土地をポー川が東へ貫き、アドリア海へ注いでいます。
平原の材料は、周囲の山から川が運び出した土砂です。ただし、もともと平らな地面に薄く土をまいただけではありません。地殻変動で生まれた低い堆積の場を、海や川の堆積物が厚く埋めてきたという、山づくりと平野づくりのつながりがあります。
山が高くなる一方で、その前面にできた低地
アルプスとアペニン山脈は、プレートの運動に伴う圧縮などによって形成されてきました。地殻が押し重なって山地をつくる一方、その前面では地盤がたわみ、堆積物を受け入れる低い場所が生じます。
この低地には、かつてアドリア海につながる海域が広がっていました。現在の内陸の地層から海の堆積物が見つかるのは、そのためです。海岸が今と同じ位置に固定されていたわけではありません。
山を削る雨や川は、岩を細かな材料に変え、それを低地へ運びます。山が高くなる作用と山が削られる作用は反対に見えますが、削られた材料が隣の平原を育てるという形で結びついているのです。
南北方向の関係を単純化した断面です。深さ・山の高さは縮尺どおりではありません。ポー川本流は図の左右方向ではなく、おおむね西から東へ流れます。
ポー川一本ではなく、両側の山から集まる土砂
ポー平原という名前から、すべての土砂をポー本流が運んだようにも思えるでしょう。実際には、北のアルプスと南のアペニン山脈から下る多数の川が、平原の形成に関わっています。
山から出たばかりの川は、勾配が緩くなると大きな礫を置きやすくなります。細かな砂や泥はさらに下流へ運ばれ、川沿いや氾濫原、河口付近に堆積。山麓から海へ向けて、地面をつくる材料と堆積の仕方が変わります。
したがって同じ平原でも、山麓の扇状地、ポー川の蛇行帯、海岸の砂地やデルタは別の環境です。地表の平らさが似ていても、地下には水の通りやすい砂礫層と、通しにくい粘土層などが複雑に重なっています。
海の湾から平原への変化と、氷河期の海面
低地が陸へ変わる過程には、川の堆積だけでなく、海面の上下も関わりました。寒冷な時代に大量の水が氷床として陸に蓄えられると、世界の海面は低下します。暖かい時代に氷が融ければ、海は再び広がる方向に動きます。
その間も川は流路を変え、削る場所と積もる場所を変えました。海の泥の上に川の砂礫が重なり、その間に海岸や湿地の記録が挟まることもあります。一本の地層を横へ追うことで、かつての環境の広がりを調べられるのです。
現在の平原が一度の出来事で完成した、と考えることはできません。長い堆積の歴史の上に、比較的新しい川の氾濫や流路の変化が重なり、今見えている表面をつくっています。
平原の地下へ続く、見えないアペニン山脈
平らな場所の地下なら、岩盤も水平だと思うかもしれません。ところがエミリア=ロマーニャ州の地質断面図では、アペニン山脈の褶曲や断層の構造が、平原の堆積物の下へ続いています。
地表では山が終わっていても、地質構造までそこで途切れるわけではありません。厚い堆積物に覆われて見えないだけで、曲げられたり重なったりした地層が地下に残っているのです。
この違いは、平原を「山のない場所」とだけ考える限界を示します。景色としての平らさと、地殻の構造としての単純さは別物。ポー平原は山地の外にあるだけでなく、山地の形成と一体になった堆積盆地です。
土砂が積もるのに、地面が沈むこともある理由
土砂が積もれば必ず地面が高くなる、とも限りません。盆地そのものの沈降や、堆積物が重みで締まる圧密が起きれば、その分だけ地表の上昇は小さくなります。堆積による埋め立てと、地盤が下がる作用が同時に進む場合があるのです。
現在の低地には堤防、排水路、農地も広がり、川が自由にあふれて土砂を配る状態から大きく変わっています。自然の堆積によって生まれた土地を、人が水の流れを制御しながら利用しているわけです。
遠くにアルプスが見える平らな畑の地下にも、海、川、地殻変動の履歴があります。ポー平原は山と無関係な空白ではありません。周囲の山が育ち、削られるたびに、その材料を受け取ってきた大地なのです。