ヨーロッパの大河ボルガ川は、カスピ海へ流れ込みます。ところが、カスピ海は名前に「海」が付いていても、大西洋やインド洋へ自然の水路でつながる海ではありません。ボルガ川の水は、いったいどこまで旅をするのでしょうか。
ボルガ川は広い陸地の雨や雪を集め、内陸の低い水域へ届けます。水の行き先を決めるのは、大陸の外縁までの距離ではありません。流域を囲む地形によって、外洋ではなくカスピ海へ向かう経路が決まるのです。
ワルダイ丘陵からカスピ海へ向かう大河
ボルガ川の源流は、モスクワの北西にあるワルダイ丘陵です。高い氷河の山ではなく、ヨーロッパ・ロシアの比較的なだらかな高地から始まります。
流れは初めから真っすぐ南へ向かうわけではありません。上流では東寄りへ進み、オカ川やカマ川などの大きな支流を合わせながら、その後は南へと向かいます。下流では多くの流路に分かれ、カスピ海北岸に大きなデルタをつくっています。
源流の小さな流れだけが、そのまま大河の水量になるわけではありません。支流と、その支流が集めた水が加わることで川は大きくなります。一本の青い線として描かれるボルガ川の背後には、広大な集水域があるのです。
三つの海への行き先を分ける、なだらかな高地
ワルダイ丘陵周辺は、カスピ海、バルト海、黒海へ向かう水系が近づく地域です。ボルガ川だけでなく、西ドビナ川やドニエプル川などの源流域も、この高地と関係しています。
雨粒がどちらの斜面へ落ちるかによって、最後に届く水域が変わる。その境目が分水界です。ただし、境界がいつも鋭い山の稜線にあるとは限らず、緩い丘や目立たない高まりを通ることもあります。
海に近い側へ直進するのではなく、地面の下りをたどった先の川へ入る。この仕組みのため、近隣で降った雨でも、長い距離を経て別の海へ向かうことがあるのです。
接続関係の概念図で、源流が一つの地点に集まっているという意味ではありません。方位・距離・実際の河道や国境は示していません。人工の運河は省略しています。
外洋へ出口のない流域と、水が失われる場所
ボルガ川を含むカスピ海の流域は、自然の河川で外洋へ排水されない内陸の流域です。川が流れ込むのに、水が際限なくたまり続けないのは、水面から蒸発によって失われるためです。
水は水蒸気となって大気へ戻り、別の場所の降水にもつながります。「出口がない」とは水循環が停止していることではなく、地表の川として外洋へ抜ける出口がない、という意味なのです。
蒸発では塩類の大部分が水域に残るため、長い時間の水と塩の収支が塩分にも関わります。ただしカスピ海の水位や塩分は、ボルガ川一本の働きだけで決まりません。他の流入、降水、蒸発などを合わせた結果です。
運河で黒海へ行けても、川の行き先は変わらない
地図には、ボルガ川とドン川を結ぶボルガ・ドン運河もあります。ドン川はアゾフ海へ、さらに黒海へつながるので、船は運河を通って別の水系へ移ることができます。
それならカスピ海には出口があるのでは、と感じるかもしれません。しかし、この運河は平らな水面を切り開いただけの自然河川ではありません。閘門で船を段階的に上下させ、分水界を越える航路です。
ヴォルゴグラード市の説明によると、水はポンプによって分水界側へ持ち上げられ、そこから両側の区間へ供給されます。船が通れる接続と、カスピ海から外洋へ水が自然に流れ落ちる出口は、同じものではないのです。
ダムとデルタに表れる、現代のボルガ川
現在のボルガ川にはダムや貯水池があり、地図で幅広く見える水域のすべてが、昔からの自然の川幅とは限りません。水をためる時期や流す時期が変われば、下流へ届く流量の季節変化にも影響します。
河口のデルタでは、流れてきた水や土砂と、受け入れるカスピ海の水位の両方が岸辺の形に関わります。川の側だけ、湖の側だけを見ても、水辺の変化は説明しきれません。
ボルガ川の地理で重要なのは、長さの順位より、どこから水を集め、何を境に隣の流域と分かれ、どこへ届けるかというつながりです。源流の穏やかな丘から内陸のデルタまで、外洋に出ない大きな水の経路が続いています。