南アメリカ大陸の先端には、大きなフエゴ島と多くの島々が並びます。大陸との間を隔てるのがマゼラン海峡です。地図では陸地を割った細い切れ目のようですが、島が大陸から突然ちぎれて移動した、という成り立ちではありません。
氷河が削り、土砂を残した低地に、氷期が終わる過程で海が入り込んだことが、現在の海峡を理解する基本です。氷の後退、湖の変化、海面の上昇、地面の上下動が重なり、陸続きだった場所が海の通り道へ変わっていきました。
大陸とフエゴ島を隔てる、曲がりくねった海の道
マゼラン海峡は、南米大陸側とフエゴ諸島の間を通り、大西洋と太平洋を結びます。直線的な運河ではなく、狭い場所と広い水域、向きの変わる区間が連なる自然の海峡です。
ここでいうフエゴ島は、諸島で最も大きい「フエゴ大島」を指します。南側のビーグル水道や、さらに南のドレーク海峡と、マゼラン海峡は同じ水域ではありません。大陸との間を隔てているのは、島の北側から西側へ続くマゼラン海峡です。
現在の海峡に流れ込んでいた大きな氷河
寒い時代のパタゴニアには、現在より広い氷のまとまりがありました。その出口となる氷河の一つが、現在のマゼラン海峡のある地域へ伸びていました。氷は移動しながら岩盤を削り、削った物質を運び、先端や縁に堆積させます。
海峡周辺に残る氷河性の堆積物や地形からは、氷が一度だけ進んで消えたのではなく、前進と後退を繰り返したことが分かっています。氷河がつくるのは深い谷だけではありません。押し集めた土砂の高まりが、その後の水の行き先を変えることもあります。
つまり、氷河が退いた直後の地形は、現在の海峡から氷だけを取り除いた姿とは限りません。氷の手前に湖ができ、土砂の高まりが水をせき止めるなど、途中の段階がありました。
氷の後退と海面上昇は、別々に進む変化
氷期には大量の水が陸上の氷として蓄えられ、世界の海面は現在より低くなっていました。氷が減ると、その水が海へ戻り、低い土地へ海が入りやすくなります。ただし、地元の氷河が退いた瞬間に海峡全体が開くわけではありません。
海が入るには、海面と地面の高さの関係に加え、途中の氷や土砂の障害が重要です。マゼラン海峡では、氷河の後退期に湖が変化し、狭い区間の間に大陸と島を結ぶ陸の通路が一時的に存在したと考えられています。
マゼラン海峡の形成を考えるための概念図です。実際の特定断面や年代順の厳密な復元ではなく、湖・陸橋・氷の分布は場所によって異なりました。地殻の上下動、土砂の障壁、海面変化の量は省略しています。
その後、海水がつながることで、低地は陸上の通路から海上の通路へ変わりました。島の岩盤が遠くへ動かなくても、水がどこまで覆うかが変われば、地図上では一続きの陸地が複数の島になるのです。
かつての海岸が、今の水面より高い場所に残る理由
氷が解ければ海面は上がる一方、重い氷から解放された地面も動きます。氷の荷重で押し下げられていた地域が持ち上がる現象は、氷河性の地殻の回復として知られています。水と地面の両方が変わるため、海岸線の歴史は世界平均の海面変化だけでは決まりません。
マゼラン海峡やビーグル水道沿岸では、海に由来する堆積物の年代と高さを調べ、過去の相対的な海面が復元されてきました。現在より高い位置に海の痕跡がある場所もあり、海が入った後にも陸と海の境界が動いたことを示しています。
このため、「何年前に何メートル海面が上がったから島になった」という一つの数字に、全区間を押し込むことはできません。氷河が退く時期、地形の高さ、地面の応答には場所ごとの差があるからです。
陸上の境界をつくり、海上の交流路になった海峡
海峡の形成は、歩いて移動する生物や人にとっては障害になりました。一方、舟を使う人々にとっては沿岸を移動する道にもなります。同じ水域が、移動の方法によって境界にも接続路にもなるわけです。
考古学研究では、海峡の風、潮流、海岸の形と、人々が利用した場所との関係が検討されています。単に「水があるから渡れない」のではなく、舟を出しやすい浜、波や風を避けられる場所、潮の強い狭窄部などが、移動のしやすさを変えます。
フエゴ島が大陸から分かれた過程は、一本の割れ目の誕生ではありません。氷が地形をつくり、水位が変わり、海がその低い部分をつないだ歴史です。現在の海峡の複雑な輪郭には、その途中の地形が受け継がれています。