タスマニア島がオーストラリア本土から離れているのは、島が最近の地殻変動で横へ流れ去ったからではありません。最後の氷期が終わる過程で海面が上がり、両者をつないでいた低い土地が水没したことが、現在のバス海峡を理解する鍵です。
かつての陸の通路は、橋のように細い一本の道ではありませんでした。平原や丘を含み、人々が暮らし、移動する土地。その高まりの一部は島として残り、低地は今の海底になっています。
陸の氷が増えると、海底が陸地へ変わる仕組み
氷期には、大量の水が陸上の氷床や氷河に蓄えられました。海から蒸発した水が雪となり、すぐには海へ戻らず、厚い氷としてとどまるためです。最後の氷期の海面が低かった時期には、現在よりおよそ120メートル低くなり、今は海中にある浅い場所が広く露出していました。
バス海峡の地域にも、オーストラリア本土とタスマニアを結ぶ陸続きの経路が現れました。海面の上下で陸の接続が変わるこのような場所を、陸橋と呼びます。
海が凍って氷の橋ができたのではありません。歩く先にあったのは地面であり、海面が低いことで水の下から現れた土地です。陸上の氷が遠い海岸線の位置まで変える点に、氷期の広がりがあります。
浅い海底ほど大きく動く海岸線
気候が暖まり陸上の氷が減ると、水が海へ戻り、低い土地から順に沈み始めます。同じ海面上昇でも、急な崖の海岸なら水際の水平移動は小さく、緩い平原では遠くまで海が入り込みます。
坂道に水をためる場面でも、急坂では水際の位置があまり動かない一方、緩い斜面では少しの水位上昇で広い面積が覆われます。海面の上昇量だけを聞いても、失われた陸地の広さまではわかりません。
海面と地形の関係だけを示す模式断面です。バス海峡の特定地点の測量断面ではなく、実際の海峡中央の盆地、島々、陸橋の複数の経路は省略しています。各段階の年代や海面差の実測値を表していません。
2025年のバス海峡の研究は、高精細な海底地形を使い、この水平な海岸線の移動に注目しました。場所によっては人の一生の間にもわかる規模で景観が変わり得たとし、海底の勾配が陸橋の水没過程を大きく左右すると示しています。
一度に切れたのではない、複数の陸のつながり
低地に海が入っても、その脇の高い尾根が陸の通路として残ることがあります。さらに水位が上がってその経路も沈むと、それまで続いていた土地が島々に分かれます。海が最初に入り込む時点と、人が陸続きに通れなくなる時点は、同じとは限りません。
バス海峡でも、海底には低い盆地だけでなく高まりがあり、東側のバシアン・ライズは陸の接続に重要でした。現在のファーノー諸島などは、その高まりの一部に当たります。西側のキング島も、かつてはタスマニアから北西へ延びる土地に連なっていました。
そのため「タスマニアが分かれた年」を一点で示すより、氷期末から氷期後にかけて、湾や海路が広がり、残った通路も水没していった過程として捉える方が実態に近いのです。各経路の標高が違えば、切れる時期にも差が生じます。
海底に残る、人々が行き来した土地
タスマニアには、陸橋が利用できた時代に人々が移り住みました。国立博物館の解説では、その到達は約4万年前にさかのぼります。今の海峡を最初から渡ったと考えると、当時の移動条件を取り違えてしまいます。
一方、当時の土地を単なる移動用の廊下とみなすのも十分ではありません。2025年の研究は、陸橋が先住民の人々にとって居住と移動の場であったことを踏まえて、海岸線の変化を調べています。水没は経路の喪失だけでなく、生活する土地の変化でもあったわけです。
その歴史は、現在の先住民社会が消滅したという話ではありません。タスマニアと周辺の島々には、今も続く人々の文化と土地との関係があります。
海峡の発見と、海峡の形成は別の出来事
バス海峡の名は、ジョージ・バスに由来します。バスとマシュー・フリンダーズは1798年から翌年にかけて島を周航し、タスマニアが本土とは別の島であることをヨーロッパ側の航海と地図の知識に確定させました。
それは海峡ができた時期ではなく、特定の航海者たちがその地理を確認した時期です。すでに長く人々の暮らしがあった土地を、ヨーロッパの記録に現れた時点から始まったかのように扱うことはできません。
タスマニアと本土は海によって隔てられていますが、その下には、かつて両者をつないだ大地が続いています。島と大陸の違いは岩盤の断絶だけで決まるのではなく、地形の上に海面をどの高さで置くかによっても変わるのです。
参考資料
- National Museum of Australia:Separation of Tasmania
- Kennedyほか(2025年):The palaeogeography of the Bass Strait land-bridge, a vital zone of human and biological connectivity across southeastern Australia
- Bryant・Harris:Overview of Tasmania’s offshore islands and their role in nature conservation
- National Museum of Australia:An isolated island