太平洋の島国ナウルの内陸には、とがった岩が林立する採掘跡があります。地面から石の柱が一斉に生えたような景色ですが、採掘によって岩が伸びたわけではありません。
もともと凹凸のある岩盤の間に、リン鉱石を含む物質が埋まっていました。それを掘り出したため、岩の柱が露出し、柱どうしの高低差が目立つようになったのです。現在の地形には、自然が岩を変えた長い時間と、人が地面を取り去った時間の両方が刻まれています。
海岸より高い内陸「トップサイド」
ナウルは、海面すれすれの砂の島ではありません。周囲の比較的低い海岸部から斜面を上がると、トップサイドと呼ばれる内陸の高まりがあります。リン鉱石の採掘が広く行われたのは、この部分です。
島の土台は、火山性の海山の上に発達した、サンゴ礁などに由来する炭酸塩の岩石です。それが海面より高い位置へ現れ、水による風化や溶解を受けてきました。海でできた物質が、陸上の岩の骨格になっているわけです。
海岸沿いの低地、内陸へ上がる斜面、トップサイドの起伏は、同じ島にあっても地形の条件が違います。採掘跡だけを見て、ナウル全体が初めから裸の岩の島だったと考えるのは正確ではありません。
島の内部にはブアダ・ラグーンという湖のある低地もあります。持ち上がった島の内部が一枚の平らな高台になったのではなく、もとの礁の地形や、その後の溶解などに由来する高低差が残っています。
石灰岩から性質が変わった、ドロマイトの柱
ナウルの柱状の岩は、一般に石灰岩の尖塔、あるいはピナクルと呼ばれます。ただし、鉱物を詳しく調べると、内陸の岩の柱はドロマイト、和名では苦灰石を主としています。
通常の石灰岩を代表する鉱物が炭酸カルシウムからなる方解石なのに対し、ドロマイトにはマグネシウムも含まれます。もとの炭酸塩の岩が水と反応し、成分が置き換わることで、岩を構成する鉱物も変わり得るのです。
2005年のナウルの土壌研究では、内陸の尖塔をつくる物質と、海岸付近の比較的新しい礁の石灰岩とで、鉱物の構成が異なることも示されています。同じ「サンゴに由来する岩」でも、その後に経験した変化は同じではなかったのです。
この違いは、岩の柱とリン鉱石を区別するうえでも重要です。採掘後に残った硬い骨格と、主に取り出されたリンに富む物質は、同じものではありません。
水がつくった凹凸を、採掘が地表へ露出させた過程
石灰岩やドロマイトを含む岩では、水が成分を少しずつ溶かし、溝やくぼみを広げます。ただし、どこでも均等に溶けるわけではありません。雨水の通る割れ目などで溶解が進み、周囲が溶け残ると、凹凸のあるカルスト地形になります。
ナウルでは、その凹凸の間をリンに富む物質が埋め、さらに地表に土壌や植生がありました。柱の先が地表近くまで出ている場所もあれば、掘り下げて初めて硬い岩へ当たる場所もあったのです。
1920年にニュージーランドの農業専門誌へ掲載されたナウルの報告には、リン鉱石が岩の柱の間にあり、柱を完全に覆う場合もあると記されています。採掘で初めて岩の凹凸がつくられたのではなく、既にある起伏と、その間を埋める鉱床が確認されていました。
周囲の物質を取り除けば、隠れていた柱の側面が現れます。見かけの高さが増しても、柱へ新しい岩が積み重なったわけではありません。自然の作用でできた尖塔を、柱の間の採掘が広く露出させたという、二段階の変化なのです。
地形の関係を示す模式図で、ナウルの特定地点の採掘記録ではありません。岩盤の形は上下で同一ですが、高さ・幅・鉱床の厚さは実測値ではなく、採掘による岩の破砕も省略しています。下段の緑の破線は、上段の地表を下方へ平行移動した位置です。採掘前から岩が地表に出ていた場所や、柱を厚く覆っていた場所もあります。
リン鉱石と、海鳥のふんが同じものではない理由
海鳥が海で魚などを食べ、陸でふんをすることは、海の栄養分を島へ運ぶ経路になります。そのふんが厚くたまったものがグアノです。ナウルのリン鉱石も海鳥由来とよく説明されますが、グアノと鉱石は同じものなのでしょうか。
ただし、採掘されたリン鉱石を、乾いたふんがそのまま積もった山と考えることはできません。ナウルの鉱床で重要なのは、リン酸塩の鉱物であるアパタイトの仲間です。リンの供給源だけでなく、水の移動や炭酸塩の岩との化学反応、その後の変質が関わります。
1985年の地球化学研究では、海鳥由来のリンと岩石の反応を考える解釈が示されました。一方、1992年に公表された酸素同位体の研究は、古い鉱床の値を、現在のグアノからできる鉱物と同じ過程だけでは説明しにくいことを指摘しています。長期間の風化などで、鉱物の記録自体が変わる可能性もあるためです。
海鳥の存在は重要な手掛かりですが、「ふんが固まった」の一言では、なぜ鉱石として濃集し、岩の隙間に分布するのかまで説明し切れません。海から陸への栄養の移動と、島の地下で起きた化学的な変化が関わる問題なのです。
肥料の原料が豊富でも、土が豊かとは限らない島
リンは植物の生育に必要な元素の一つで、リン鉱石は肥料の原料になります。それなら、採掘前のナウルは、どこにでも作物が旺盛に育つ土地だったのでしょうか。
植物には、リン以外の栄養分、水、根を伸ばす空間も必要です。リンが多いだけで、これらの条件がそろうわけではありません。石灰質の地面は水が抜けやすく、硬い岩が浅い場所では、根が使える土の量も限られます。
採掘前の土壌を復元した研究でも、土地によって土の厚さが異なり、水の保持やほかの栄養分に制約があることが示されました。ナウルの植生は、リンの豊富さだけでなく、このような地面の条件の上に成立していたのです。
採掘では、鉱石とともに、植物を支えた土壌の層も取り除かれました。市場で価値を持つ資源を取り出すことと、その場所に森や畑を支える地面が残ることは、同じ結果にはなりません。
岩をならすだけでは戻らない、土と植生
採掘跡を再び使える土地へ戻すには、尖塔を崩して表面を平らにするだけでは不十分です。砕いた岩を敷いた地面と、長く植物が育ってきた土壌とでは、水や養分を保つ性質が違います。
2014年の英連邦事務局の報告は、ナウルの復旧構想として、岩を処理した後に保存していた表土や有機物を戻し、土づくりを進める考え方を紹介しています。同時に、単純な造成と植栽だけで期待どおりに再生できるかという課題も指摘しました。これは当時の検討であり、現在の全事業の進捗を示す数字ではありません。
また、2015年の生物多様性調査では、古い採掘地の一部で植生や生きものが戻り、岩の間に土が残った場所などが生息場所になっていることが報告されています。採掘跡が一様に回復するのではなく、残った土、経過した時間、周囲の植物などによって違いが生じます。
ナウルの尖塔は、珍しい自然の造形であると同時に、掘り出された物質の大きさを示す採掘の跡です。目立つ岩の柱だけでなく、かつて柱の間にあった鉱石、土、植物まで思い浮かべると、この景色がなぜ生まれ、なぜ簡単には元へ戻らないのかが分かります。
参考資料
- Geoscience Australia/BMR(1988)、SPREP公開:Hydrogeology and groundwater resources of Nauru Island、隆起した島とドロマイト化した石灰岩
- Morrison・Manner(2005):Pre-Mining Pattern of Soils on Nauru, Central Pacific、採掘前の岩盤・鉱床・土壌
- New Zealand Journal of Agriculture(1920年12月20日):Nauru and Ocean Islands、岩柱の間に分布する鉱床の当時の記録
- Dupon/SPREP・SPC(1989):Pacific phosphate island environments versus the mining industry、グアノとリン鉱石の違い
- Piper・Aharon・Loebner(1985):Geochemistry of an Insular Phosphate Deposit, Nauru(学会要旨)
- Oxygen isotopes of phosphate and the origin of island apatite deposits(1992)、鉱床の同位体と形成・変質過程
- Commonwealth Secretariat(2014):Transitioning to a Green Economy、第7章のナウルの土地復旧
- SPREP:Rapid Biodiversity Assessment of Republic of Nauru、2015年調査の採掘跡の植生と生息場所