ミャンマーを南へ流れるエーヤワディ川は、海に近づくと何本もの川に分かれます。上流では支流が合流して一本の大河になってきたのに、最後は逆に枝分かれする。その周囲には、入り組んだ水路と広い低地が続いています。
この形をつくった主役は、川が運んできた土砂です。ただし、河口へ来た土砂がすべてその場に積もるわけではありません。川が陸をつくる働きと、潮や波が土砂を動かす働きがせめぎ合い、分流の多いデルタを形づくっています。
上流で集まった水が、下流では分かれる理由
山地の谷底には水が集まりますが、勾配の小さい河口付近では、流路に砂や泥がたまりやすくなります。堆積で河床や周囲が高くなれば、水はそこにとどまるとは限らず、別の低い経路へ向かう場合があるのです。
上流から合流してくるのが支流で、本流から分かれて海へ向かうのが分流、あるいは分派川です。地図の線が枝分かれしているだけでは区別できず、水の進む方向を確かめる必要があります。
分流は、一つの川が水を均等に小分けしたものではありません。川幅、深さ、河床の高さ、海側の水位などが異なれば、流れる水量も変わります。ある水路が深く保たれれば流れが集まり、別の水路では土砂がたまるという変化も起こり得ます。
分流と潮の作用を説明する概念図で、エーヤワディ川の実際の流路数・輪郭・方位ではありません。赤い矢印は潮による陸側への輸送が起こり得ることを示し、全水路で常時逆流する意味ではありません。
山で削られた岩が、デルタの低地になるまで
エーヤワディ川は、活発な地殻変動を受ける山地から、風化や侵食で生まれた礫、砂、泥を運び出します。とりわけ雨季は、上流から大量の水と土砂が下流へ移動する季節です。
粒の大きさによって、運ばれ方は違います。砂は川底付近を動く割合が大きい一方、細かな泥は水中に浮遊しやすく、遠くまで届きます。海へ出たあとも、同じ場所に同じ割合で沈むとは限りません。
川の出口の堆積は浅瀬を広げ、洪水で水路の外へ届く細かい粒は、低地の地面をつくってきました。デルタの陸地は、もともと完成していた土地の間を川が通ったのではなく、その流れ自身が運んだ材料で組み立てられています。
川をさかのぼる潮が、水路の形を変える
海の水位は、満ち潮と引き潮で上下します。河口に近い水路ではこの変化が上流へ伝わり、川の流れを遅くしたり、場所と時間によっては逆向きの流れを生んだりします。水路を流れる水を、常に上流から来た淡水だけと考えることはできません。
2021年の研究は、西側のパテイン、中央のボガレー、東側のヤンゴンという三つの分流を比較しました。水量の多い季節と少ない季節では土砂の動きが異なり、少雨期のヤンゴン分流では、海側の泥の供給が水の濁りに強く関わっていました。
川が海へ泥を送り、その泥の一部が潮によって河口側へ戻される。河口は、一方向に土砂を捨てる出口ではありません。潮による往復運動が、水路、干潟、沿岸の堆積を結び付けています。
そのため、上流の一点で測った土砂量を、そのまま沖合へ届く量とみなすこともできません。途中の低地に残る分や、河口周辺を行き来する分があるからです。分流ごとの観測が必要になる理由も、ここにあります。
陸地が増える海岸と、削られる海岸の同居
デルタと聞くと、海へ向かって伸び続ける扇形の土地を思い浮かべるでしょう。長い地質時代の成長と、近年の海岸線の変化は、同じ方向とは限りません。
2019年の研究は、1974〜2019年の衛星画像などから、デルタ海岸の約49%で侵食が起きたと報告しました。とくに西側の砂浜では後退が目立つ一方、東側の湾内には泥がたまり、陸地が前進する場所がありました。
これは「川が大量の土砂を運ぶ」という説明と矛盾しません。大切なのは、どの大きさの粒が、どの海岸へ、どれだけ届くかです。泥の供給があっても、砂浜を維持する砂が不足すれば、その砂浜は削られ得ます。
研究では、河道内の砂の採取や浚渫、流域の土地利用変化なども検討されています。デルタ全体を一つの増減量で表すと、ある場所で進行する後退が、別の場所の堆積で見えにくくなるのです。
一本の川ではなく、水と土砂を分ける網
この低地の水路には、上流から分かれる大きな分流だけでなく、分流同士を結ぶ流れや、潮の出入りに関わる細かな水路もあります。地図にあるすべての線を、同じ役割の小川として扱うことはできません。
水路の間の土地は、農地や集落を支える一方、増水時には水と土砂を受け取る場所にもなります。水路だけを固定し、周辺の低地を無関係な陸地と考えると、デルタがどのように維持されてきたかを捉え損ねます。
海岸線の位置は、上流で岩が削られる量、途中で土砂がとどまる量、海へ出てからの運ばれ方、地盤や海面の変化に左右されます。河口の形をつくる過程は、目の前の海岸だけでは完結しません。
エーヤワディ川の枝分かれは、大河が最後に力尽きて散っている姿ではありません。土砂で生まれた低地を、水が複数の経路に分かれて通り、海の潮流もその網に加わる姿です。水路の多さには、陸地をつくる働きと、その陸地を通り抜ける働きの両方が表れています。
参考資料
- NASA:Floods in Myanmar(エーヤワディ川の分流と季節変化)
- Giosanほか:On the Holocene evolution of the Ayeyawady megadelta(2018年)
- Gloverほか:Connecting Sediment Retention to Distributary-Channel Hydrodynamics and Sediment Dynamics(2021年)
- Anthonyほか:Overview of the Monsoon-influenced Ayeyarwady River delta, and delta shoreline mobility(2019年)