フランス南部のカマルグでは、水田の近くに塩分の濃い湿地や塩田があります。同じデルタの平らな土地なのに、一方では川の淡水を使って米を育て、もう一方では海水を蒸発させて塩を採る。水の使い方が、ほとんど反対なのです。
この景観を支えるのは、ローヌ川と地中海に挟まれた立地、わずかな高低差、そして人が整えた水路や堤防です。淡水と塩水が自然にきれいに分かれた場所というより、異なる水の条件を保ちながら使い分けてきた土地と考えると、田畑と湿地の隣り合う理由が分かります。
わずかな高さの違いが意味を持つローヌ川のデルタ
カマルグはローヌ川が河口へ運んだ土砂などによってできた低地です。しかし、デルタ全体が完全な水平面というわけではありません。川沿いの自然堤防、昔の流路、低いくぼみ、海岸の砂の高まりなどが組み合わさっています。
周囲より少し高い土地では水が抜けやすく、低い土地には残りやすい。同じ数十センチメートルの違いでも、広い平地では水の行き先を左右します。山地なら目立たない高低差が、ここでは土壌や植生を分ける重要な条件になるのです。
一般に北側は川の淡水の影響が強く、海へ近づくほど塩の影響が大きくなります。ただし、実際の分布を決めるのは距離だけではありません。堤防の内外や水路の接続によって、隣り合う区画でも水の性質が違う場合があります。
夏の蒸発が、地面に塩を残す理由
海水や塩分を含む地下水から水だけが蒸発しても、溶けていた塩は空へ一緒に逃げません。地表近くで蒸発が続けば、塩分が濃くなります。地下から水が毛細管の働きで上がってくる場合には、蒸発した分に代わる水とともに、さらに塩が運ばれます。
そのため、海岸から少し離れていても、塩分の影響を受ける土地があります。白く見える塩の表面だけが塩分のある場所とは限りません。土壌や地下水の中に、見えない形で塩が含まれていることもあります。
塩の多い土は、多くの作物にとって好ましくありません。しかし、塩に適応した植物や湿地の生物にとっては、それが生息環境になります。農地では抑えたい塩が、自然の湿地では環境の特徴を支えるという違いがあるのです。
水と塩の行方を示す模式図で、特定の圃場や塩田の工程図ではありません。淡水を加えるだけで塩が消えるわけではなく、土壌や排水条件に左右されます。
米が塩を吸い取るのではなく、淡水が塩を動かす
カマルグの稲作には、ローヌ川から導く淡水が使われてきました。水を張ることで塩分を薄め、地面から塩が上がるのを抑え、排水条件が整えば溶けた塩を外へ移すこともできます。ただし、これは水を加えるだけで塩が消える仕組みではありません。
ここで、稲が土の塩を大量に吸い取って土地を淡水化すると考えてはいけません。主役は淡水の供給と排水です。塩が消滅するのではなく、どの水に溶け、どこへ移るかが変わります。
十分な水を動かすには、水路、ポンプ、区画の管理が必要でした。カマルグで稲作が大きく広がったのは第二次世界大戦後で、灌漑能力の拡大と切り離せません。古くから一面に自然の淡水湿地があり、そのまま水田になったという単純な歴史ではないのです。
塩田では逆に、海水を入れて水を減らす
塩を生産する区画では、海水を取り込み、太陽と風による蒸発を利用して塩分を濃くします。農地が淡水を入れて塩の影響を減らすのに対し、塩田は塩を濃縮する。両者は水を使いますが、目指す状態は異なります。
自然の塩性湿地と、塩の生産のために管理された塩田も同じものではありません。塩田では水路や堤防によって水の移動を調節し、工程に合う条件をつくります。写真で似た色の浅い水面に見えても、その水が入る理由は違うのです。
また、すべての湿地を淡水に変えることが環境改善になるわけでもありません。淡水、汽水、塩水の環境が並ぶこと自体が、カマルグの多様性を支えています。
隣り合う土地をつなぐ、排水と水門の調整
19世紀以降の堤防整備や水路の開発で、川の氾濫や海との交換は大きく変わりました。農業、塩の生産、漁業、自然保全は、それぞれ望む水位や塩分が同じではありません。ある区画にとって必要な排水が、別の水域の状態を変えることもあります。
したがって、カマルグを理解するには「川のそばだから水田、海のそばだから塩田」で止まれません。わずかな標高差と、どの水門・水路につながるかが、その場所の条件を決めます。平らに見える景色の中に、水の高さと塩分を使い分ける複雑な地理があるのです。