フランス南西部のジロンド河口では、水が茶色く濁って見えます。雨の直後に川が濁ることは珍しくありませんが、この河口の濁りは、上流から来た泥が一度だけ通り過ぎる現象ではありません。潮の動きによって、細かな粒が繰り返し沈み、巻き上がる場所なのです。
ガロンヌ川とドルドーニュ川が合流した先の河口水域、ジロンドでは、川の流れと潮の往復運動が重なって泥の濃い帯ができます。フランス語で「ブション・ヴァズー」と呼ばれますが、川を塞ぐ固い栓ではありません。泥の濃い水域そのものが、条件に応じて移動するのです。
二つの川から来る、沈みにくい細粒の土砂
川から来る粒は、すべて浜辺の砂のようにすぐ沈むのでしょうか。土砂にはさらに細かなシルトや粘土も含まれ、大きな砂粒より長く水中に漂いやすい性質があります。こうした粒が水面近くまで分散し、光を散乱させることが、濁って見える理由です。
この茶色は、水に茶色い色素が溶けている場合とは仕組みが違います。主役は浮遊している粒子です。ただし、見た目の濁りだけで、水に含まれるすべての物質や水質を判断できるわけではありません。
ジロンドにとって土砂は外から突然入る異物ではなく、河口の地形をつくる材料でもあります。問題の核心は、泥があること自体より、どこにどれほど長くとどまるかにあります。
下流へ流す川と、上流へ押し戻す潮
河口では、一方向の川の流れに潮汐の往復運動が加わります。満ち潮と引き潮の流速や継続時間、河床付近の流れは、完全に対称ではありません。そのため、一往復した後の土砂が、必ず元の位置へ戻るとは限らないのです。
川の流量や潮の条件によって、土砂が集まりやすい区間ができます。水そのものは入れ替わっていても、細粒の土砂は河口内を何度も行き来する。ベルトコンベヤーで海へ運ばれるというより、途中で繰り返し戻される区間がある、と考えると近いでしょう。
したがって、濁りが強い日に見える粒のすべてが、その朝の雨で上流から届いたものとは限りません。以前から河口に蓄えられていた泥が再び浮き上がり、水の色を変えている場合があります。
流れと泥の集積を単純化した模式図です。潮は往復し、実際の流れは時間と深さで変わります。濁りの帯は塩水の境界と同一ではなく、図の位置や大きさは観測値ではありません。
塩分との出会いで、細かな粒が集まる仕組み
粘土のような微細な粒は、塩分などの条件によって互いに集まり、フロックと呼ばれる小さな塊をつくります。一粒なら沈みにくくても、集まった後まで同じ沈み方とは限りません。この凝集も、河口で泥がたまる仕組みに関わっています。
ただし、淡水と海水の境目に、固定された泥の壁が立つわけではありません。塩分の分布も濁りの分布も、潮と川の流量で動きます。高濁度の帯は、塩分のある水域より上流に及ぶこともあり、凝集だけで現象全体を説明することはできません。
粒を集める作用、沈ませる作用、河床から戻す作用が同時に働きます。この組み合わせによって、泥は単に通過するだけの物質ではなく、河口の中にとどまりやすい物質になるのです。
大潮・小潮と、川の増水による位置の変化
潮の流れが強いと、河床に沈んだ泥が巻き上がりやすくなります。流れが弱まれば、粒は沈みやすくなるでしょう。大潮と小潮の周期は、こうした浮遊と沈降の繰り返しに関わります。
さらに、川の水が少ない時期には、濁りの帯が上流へ進みやすくなります。逆に、大きな増水は帯を下流へ押し出す力になりますが、その結果は流量だけでなく、増水が続く時間や潮の状態にも左右されます。
河口の色は、海の影響を示すだけでも、川の雨量を示すだけでもありません。陸から届く水と海から伝わる潮を、同時に反映しているのです。
茶色い水と、酸素の少ない水は同じではない
濁りは自然に生じますが、「自然だから水環境に問題がない」とも言えません。粒子に伴う有機物が微生物によって分解されると、酸素が消費されます。水温の上昇、少ない流量、都市からの有機物の負荷などが重なると、酸素不足が強まる場合があります。
そのため、河口の観測では濁度だけでなく、塩分、水温、溶存酸素などを合わせて測ります。茶色い水を見て直ちに汚染と決め付けるのも、泥しかないから問題ないと考えるのも早計でしょう。ジロンドの濁りは、土砂の循環と生きものの環境が接する現象なのです。