南フランスのベルドン峡谷では、細い川の両側に白っぽい岩壁がそびえ、その上に高い台地が広がります。小さく見える川が、これほど深い谷をつくったのでしょうか。実際には一度の出来事ではなく、岩石の形成、土地の隆起、川と地下水の侵食が重なって、この姿になりました。
岩壁の主な材料は石灰岩。かつて海でできた厚い地層が陸上へ持ち上がり、そこをベルドン川が深く刻みました。硬い壁をつくる岩が、水には少しずつ溶けるという性質も、この峡谷の成り立ちに関わっています。
白い岩壁の出発点は、暖かい浅い海
ベルドン周辺には、主に中生代に海で形成された石灰岩が広く分布しています。とくに厚いジュラ紀の石灰岩は、峡谷の大きな壁をつくる重要な地層です。サンゴなどの生物に由来する炭酸塩の堆積物も、その材料になりました。
雪がなくても壁が明るく見えるのは、露出した岩石が白から淡い灰色を帯びているためです。ただし、すべての石灰岩が真っ白というわけではありません。含まれる物質や表面の風化、濡れ方などで見え方は変わります。
崖に海の化石があることは、かつて海の環境で堆積した証拠になります。今の高さまで海水が満ちたという意味ではなく、海でできた岩石が後に持ち上がったと考える必要があるのです。
海底の地層を台地へ変えた、地殻の動き
アルプスとその周辺の形成に伴う地殻変動は、この地域の地層を圧縮し、曲げ、持ち上げました。もともと海で積もった層も、常に水平のまま残っているわけではありません。褶曲や断層が、岩の配置を変えています。
その後、河川が陸上を流れるようになり、地形を削りました。高い石灰岩の台地と深い谷の高低差は、土地が持ち上がる働きと、川が掘り下げる働きの両方に関係します。
岩石ができた年代を、そのまま峡谷の年代と呼べないのはこのためです。古い地層に、ずっと後の川が新しい谷を刻むことがあります。
下流の高さが変わると、上流の侵食も変わる
川は、行き先となる海や下流の川との高さの関係に影響されます。下流側の水位が低くなったり、流域の土地が隆起したりすれば、河床を掘り下げる条件が変わります。谷の深さを、その地点の雨量だけでは説明できません。
ベルドン自然公園の地質解説では、アルプス周辺の隆起に加え、地中海の水位が大きく変わった中新世末期以降の出来事や、第四紀の気候変化を、峡谷の発達に関係付けています。川が一様な速さで、同じ条件のまま削り続けたわけではないのです。
大事なのは、現在の細い水面だけを、長い侵食の全能力だと思わないことです。過去の洪水、土砂の量、地殻変動、下流の条件まで含む時間の積み重ねが、今の深さに表れています。
水の経路と侵食の考え方を示す模式図で、現地の地下水路・地層・寸法の測定ではありません。峡谷全体が巨大な洞窟の崩落だけでできたという意味ではありません。
石灰岩を削る、溶解と岩塊の剥離
石灰岩は厚い壁を支える一方、二酸化炭素を含む水には少しずつ溶けます。岩の割れ目へ入った雨水がその経路を広げ、地下水路や洞窟を発達させてきました。カルストと呼ばれる地形には、この溶解が重要な役割を果たしています。
けれども、峡谷から失われた岩のすべてが、水に溶けて消えたわけではありません。川が運ぶ砂礫による摩耗、割れ目に沿う岩塊の分離、崖の崩落など、機械的に岩を取り去る働きもあります。
溶解で弱くなった部分が崩れ、その破片を水が運ぶこともあります。化学的な作用と物理的な作用が別々に完結するのではなく、互いに侵食を進める場合があるのです。
台地の雨と谷底の川をつなぐ、地下の水路
石灰岩の台地へ降った雨の一部は、地表を川として流れず、割れ目から地下へ入ります。その水が地下を移動し、谷の斜面や低い場所で湧き出すことがあります。地図に描かれた地表の水路だけが、峡谷へ水を供給する道ではありません。
だからといって、石灰岩の地域なら川が全部地下へ消えるわけでもありません。流入量、割れ目のつながり、地下水位、地層の違いによって、地表を流れる水と地下を通る水が併存します。
ベルドンの景色には、上の台地、白い崖、底の川という見える構造に加え、岩の内部を通る水のつながりがあります。壁をつくるほど厚く硬い石灰岩と、その内部へ入る水。この組み合わせが、単に深いだけではない峡谷の複雑さを生んでいます。