スコットランドのネス湖は、山地を斜めに切る細長い水面として地図に現れます。幅の割に長く、しかも深い湖です。巨大な亀裂が一度開き、そこへ水が流れ込んだようにも見えますが、それだけでは現在の形を説明できません。
大きな断層に沿って傷んだ岩盤が、後の氷河に削られたことが重要です。断層が谷の方向を決める条件をつくり、氷河がその弱い部分を利用して谷を深めた。異なる時代の二つの作用が重なっています。
ネス湖だけで終わらない、グレート・グレンの谷
ネス湖の両端より先には、何が続くのでしょうか。北東から南西へハイランド地方を横切るグレート・グレンには、ロッキー湖やオイック湖なども並びます。ネス湖は、山地を同じ方向へ貫く長い谷の一部分なのです。
その背景にあるのが、グレート・グレン断層帯です。古い地質時代に地殻がずれた場所で、周辺には変形し、細かく割れた岩石が分布します。
断層帯は、地面に開いた空の溝ではありません。破砕された岩石や変形した地層を含む幅を持った領域です。現在の谷と断層の線が重なることは、その全幅が一度に口を開けたことを意味しません。
割れた岩盤は、侵食が進む通り道
同じ種類の岩でも、割れ目の少ない塊と、細かく破砕された部分では、取り去られやすさが違います。水や氷が入り込み、岩片を分離できる面が増えるためです。
古い断層が現在の地形に影響するのは、今も同じ速さで地面が動いているからとは限りません。過去の運動が残した岩盤の弱さを、ずっと後の侵食が利用できます。断層運動と湖の形成は、同時でなくても関係を持つのです。
英国地質調査所は、ネス湖の形を、グレート・グレン断層帯の破砕された岩石に対する氷河侵食の結果と説明しています。長い谷の方向と、深い湖盆の形成を結び付ける要点です。
実測の湖岸線・湖底断面・断層幅ではありません。上段の赤破線は断層帯の方向の目安で、現在地震が起きている線を示しません。上下の縮尺は異なります。
川より深いくぼみをつくれる、厚い氷の流れ
氷河は、底に含む石で岩盤をこすり、割れた岩塊を引き剥がしながら進みます。厚い氷が谷へ集まる場所では、既存の地形を大きく掘り下げ、周囲より深い盆地をつくることがあります。
氷河の移動は氷面の勾配や厚さにも左右されるため、谷底が下流へ単調に低くなる必要はありません。底の局所的な高まりを越えて氷が進む場合もあり、侵食の差によって出口より深い盆地が残り得ます。水だけが地表を低い方へ流れる川とは、条件が違うのです。
ネス湖の深さには、この氷河による掘り込みが大きく関わりました。氷が退いた後、くぼみに水がたまっても、削り取られた岩石が元に戻るわけではありません。
氷が退いた後も、水位と岸の位置は変化
氷河がなくなれば、現在の湖がその瞬間に完成したとは限りません。周囲には氷河が運んだ堆積物や、融けた水が運ぶ砂礫が残り、湖へ入る水や流出口の条件も変わります。
ネス湖周辺では、現在より高い位置に古い湖岸の痕跡が報告されています。英国地質調査所の地域調査は、氷河の前進・後退と、それに伴う湖面や排水条件の変化を復元しています。
したがって、細長い盆地の方向が古い断層を引き継ぐ一方、岸の細かな形や水位は、もっと後の出来事を反映します。湖には一つの「できた日」があるというより、複数の段階があるわけです。
運河が利用した谷と、自然の海峡の違い
グレート・グレンは、カレドニアン運河のルートにも利用されています。自然の湖を人工水路で結ぶことで、スコットランドを横断する航路がつくられました。長い谷の方向は、人の交通にも有利だったのです。
ただし、もとから両側の海が一続きだったわけではありません。湖や区間ごとに水面の高さが異なるため、船は閘門で上下します。ネス湖も、海の入り江であるフィヨルドではなく、淡水の湖です。
湖の長さは古い断層帯の方向に、深さは氷河の掘り込みに、現在の利用は後の水路整備に関わっています。一本の細長い水面の中に、地殻変動、氷期、近代交通という別々の時間が重なっているのです。