チャド北東部のエネディには、砂漠の上をまたぐ巨大な岩のアーチがあります。橋をつくるように石が積まれたのではなく、連続していた岩の一部が失われ、上側がつながったまま残った地形です。
砂漠にあるため、砂嵐が穴を開けた光景を想像するかもしれません。しかし、エネディの峡谷や岩の造形には、水も重要な役割を果たしてきました。現在の乾いた景色だけを見て、その形成過程まで風だけに絞ることはできません。
砂が固まった地層から、岩の橋が残るまで
エネディ山地の主要な材料は砂岩です。砂粒が堆積し、粒の間が固まってできた岩石が、厚い地層として広がっています。古い基盤岩の上に載る砂岩の台地が削られ、峡谷、柱状の岩、崖、アーチなどに分かれました。
建設では材料を足して空間をまたぎますが、天然アーチでは材料が失われ、残った部分が空間をまたぎます。橋に似た形でも、成立する順序は逆でした。
侵食の入口になる、割れ目と層の境界
岩盤は、内部まで同じ強さの塊ではありません。割れ目、水を通しやすい部分、固まり方の異なる層などがあり、風化や侵食はそこを利用します。周囲が削られて薄い岩の壁が残ると、窪みが反対側へ貫通しやすくなります。
ただし、すべてのアーチが必ず「薄い壁の中央に穴が開く」という順序でできるわけではありません。崖際の窪みが広がる場合など、地形と水の経路によって過程は異なります。個々のアーチの詳しい履歴には、現地の層や割れ目の調査が欠かせません。
アーチ形成の一例を示す模式図です。エネディの特定のアーチの復元ではなく、層・割れ目・水の経路により形成過程は異なります。
砂漠の地形を変える、短時間の水
年間を通して雨が少なくても、降ったときに斜面や谷へ水が集中すれば、土砂を動かす力は生まれます。水は岩の隙間へ入り、粒の結びつきを弱め、崩れた物質を低い場所へ運びます。
風も砂粒を運び、露出した表面を削りますが、深い谷や大きな窪みをすべて風の摩耗だけで説明することはできません。UNESCOとIUCNの地形評価も、水と風の両方をエネディの景観形成に挙げています。乾燥地とは、水が地形に作用しない場所ではないのです。
岩の間に残る水場、ゲルタ
エネディの大きな峡谷には、ゲルタと呼ばれる水場があります。岩に囲まれた低所に水が残り、周囲の乾燥地とは異なる生育環境を支えています。高い岩壁の景観と水の存在は、別々の話ではありません。
谷が水を集め、深い場所が日射や風の当たり方を変えるため、水は砂漠全体へ均等には残りません。岩の削られ方が、後の水場の分布にも影響しています。
同じ砂岩でも、アーチになる場所と崖になる場所
砂岩という名前は、主に砂の大きさの粒からできていることを示します。しかし、粒を結びつける物質や固まり方、層の厚さ、割れ目は場所によって違います。同じ種類の岩が広がっていても、均一な壁になるとは限りません。
上側を支える部分まで早く崩れれば、アーチになる前に柱や岩塊へ分かれてしまいます。窪みがまだ貫通していなければ、岩陰やえぐれた崖の段階。上を支える岩が残る時間と、下に空間が開く時間が重なって、初めて橋の姿が現れるのです。
ただし、近くの柱がすべて元アーチだったとは言えません。最初から別の割れ方で残った可能性もあるからです。現在の似た形から一つの形成順序を決めつけず、周囲の地層がどう続くかを確かめる必要があります。
この見方なら、エネディの造形を「風が長く吹いたから」という一言で終わらせず、なぜ隣同士で形が異なるのかまで説明できます。時間の長さに加え、どこが壊れやすかったかが、残る輪郭を選んできたのです。
一枚の景色に重なる、異なる時代の乾燥と湿潤
エネディの岩陰や壁には、多数の岩絵が残っています。そこに描かれた動物や人々の営みは、過去の環境や土地利用を考える材料になります。ただし、岩絵が描かれた年代を、そのまま隣のアーチの形成時期にすることはできません。
岩石ができた時代、峡谷が発達した期間、人が絵を残した時代には、それぞれ別の時間の長さがあります。今の砂漠は、その長い変化の途中の姿です。
アーチを広げる侵食は、やがてアーチを失わせる働きにもなります。岩の橋は侵食が止まった証拠ではなく、削られる部分と残る部分の差が、たまたま橋の形として現れている地形なのです。