南アフリカのブライデ・リバー・キャニオンでは、切り立った岩壁と緑の斜面が並びます。峡谷というと、乾いた赤い岩肌が続く景色を思い浮かべがちですが、深い谷が必ず砂漠にできるわけではありません。
ここは高い内陸と低い東側の土地の境界にあたり、川の侵食と、雨や霧が支える植生が重なる場所です。谷の深さをつくる作用と、斜面を緑が覆う条件は、同じ一つの仕組みではありません。
高原の端を越えて流れる川
南アフリカ東部には、内陸の高地から低地へ急に高度を下げる大崖があります。ブライデ川の峡谷は、その縁を刻む地形の一つです。川は海へ向かう途中で高低差を下り、岩盤を侵食して深い流路をつくってきました。
ただし、ある日できた一本の亀裂へ水が落ち、そのまま峡谷になったと考える必要はありません。川の掘り込み、斜面の風化、崩落、土砂の運搬が長く組み合わさり、谷の幅や壁の形も変わっていきます。
実際の峡谷の断面・地層配置・植生帯の測定ではありません。緑線は植生の存在を示すだけで、全斜面が同じ森林に覆われる意味ではありません。
急な壁を残す、抵抗力のある珪岩
地域には、トランスバール累層群に属する古い岩石が分布し、珪岩、頁岩、ドロマイトなどが地形や土壌の違いに関わっています。とくに珪岩のように風化に抵抗する岩は、急な崖や岩の高まりを残しやすい材料です。
硬い岩盤でも、割れ目に水が入って風化し、岩塊が外れれば、斜面は後退します。川がすべての岩を砂の粒まで直接削らなくても、崩れた材料を運び去ることで、新しい岩面が露出します。谷の形成は、川底だけで進む仕事ではありません。
緑を支える、標高差と湿り気の分布
大崖の高い場所では、湿った空気が地形の影響を受け、雨や霧の条件が周辺と変わります。標高による気温差も加わるため、谷底から高い斜面までが同じ気候になるわけではありません。
水が集まる谷沿い、岩が露出した尾根、霧のかかりやすい斜面では、土の厚さや水はけも異なります。一種類の森が峡谷全体を均等に覆っているわけではありません。
調査で分かった、高地の湿った森と低地の乾いた森
2004年に公表された保護区の森林調査では、森林が連続した一枚の帯ではなく、多数の区画に分かれていることが示されました。調べられた森林群落は、高い場所の湿った森林と、それより低い場所の比較的乾いた森林に分けられています。
調査は、標高差が植物群落の違いに強く関わり、排水や斜面、岩の多さも条件になることを示しました。「深い谷だから全体が湿潤」という一言では、こうした植生の分布を説明できません。
岩石の古さは、峡谷の年齢ではない
この地域の岩石には、数十億年に及ぶ古い歴史があります。しかし、その岩ができた時点で、今と同じ深い峡谷が開いていたわけではありません。古い材料が、ずっと後の地形変化で削られ、現在の壁として露出しているのです。
川が谷を掘る過程では、下流の高さや広域的な隆起、雨量、岩の抵抗力も変わりえます。現在の深さを、現代のある一年の侵食速度で割れば、谷の年齢が出るとは限りません。侵食が長い期間ずっと一定だったという前提を、別に確かめる必要があるからです。
これは、岩の年代を測ることが無意味という話ではありません。どの地層を川が切り込んでいるかが分かれば、形成順序や土地の履歴を考える重要な材料になります。ただし、材料が生まれた時間と、現在の形へ削られた時間は、区別して扱うべきものなのです。
岩の少ない森だけが、豊かな植生ではない
南アフリカ国立生物多様性研究所の植生資料では、この大崖の珪岩地帯に、岩が多く栄養の乏しい浅い土壌と、それに対応した草地などが記載されています。木が密生していない場所も、単に森ができ損ねた土地ではありません。
岩質に結びついた固有の植物を調べた研究もあり、地質の違いが生物の分布に関わることが分かります。緑の面積や木の高さだけでは、地域の植物の多様さを評価できないのです。
ブライデの峡谷をつくったのは、長く働く侵食でした。一方、その壁や斜面をどう緑が覆うかは、水、気温、土、火などの条件で変わります。深い谷と豊かな植生が共存する姿は、峡谷を乾燥地の地形に限って考える必要がないことを教えてくれます。