米国ワシントン州東部には、黒っぽい岩の大地に、巨大な溝が幾筋も刻まれた地域があります。スキャブランドと呼ばれるこの地形には、現在の川だけでは説明しにくい大きさの水路や、今は水の落ちていない巨大な滝の跡が残っています。
それらを削った重要な力は、氷期に繰り返し発生した大洪水です。遠くで氷河にせき止められていた湖の水が、一気に解放され、台地へ広がりました。現在の川の規模が、過去に流れた水の最大規模を示すとは限らないのです。
溶岩の台地を覆っていた、風で運ばれた土
地域の地下には、古い大規模な噴火で広がった玄武岩の溶岩層があります。その上を、風が運んだ細かな堆積物が覆っていました。洪水は表面の土をはぎ取り、場所によっては玄武岩そのものを深く削りました。
硬い岩だから水で削れない、というわけではありません。岩盤には節理と呼ばれる割れ目があり、強い流れが岩塊を取り外す手掛かりになります。砂粒で少しずつ磨く作用だけでなく、岩を塊として運び去る作用が、急速な侵食に関わりました。
氷河のダムがせき止めた、ミズーラ湖
氷期には、北から伸びた氷河が川の出口をふさぎ、現在のモンタナ州側に巨大な氷河湖ができました。これが氷河湖ミズーラです。氷の障壁が決壊するなどして水を保持できなくなると、たまった水は下流へ急速に放出されました。
氷河は、石造りのダムのように同じ形で固定されてはいません。再び前進して出口をふさげば、湖がつくり直されることがあります。そのため、この地域の洪水史は「一度の大事件」で終わらず、湖の形成と排水が繰り返されるものになりました。
断面と平面を組み合わせた模式図です。実際の経路や一回の洪水を復元した図ではなく、湖の再形成と洪水は繰り返されました。
一本の谷に収まらず、台地へ分かれた流れ
大量の水は既存の川筋だけを通ったわけではありません。地形の低い部分を越え、台地上で複数の経路へ分かれながら流れました。現在では小さな川しかない、あるいは常時流れる川がない大きな溝も、その名残です。
巨大な滝の跡であるドライ・フォールズも、過去の流れの規模を示す地形の一つです。水が落ちる場所の岩盤が削られれば、滝の位置は上流へ後退します。現在そこに水がないことは、巨大な滝が存在しなかった証拠にはなりません。
削った跡だけでなく、置いていった物も証拠
洪水は、岩を削る一方で、流れが弱まった場所へ砂や泥を堆積させました。狭い出口で水がせき上がると、その上流側に一時的な湖のような水域ができ、細かな物質が沈みます。侵食の激しい場所と、厚い堆積物が残る場所が同じ洪水で生まれるわけです。
また、氷に乗って運ばれた岩が、周囲の岩質とは違う場所へ取り残されることもあります。大きな溝だけでなく、地層の重なりや離れた場所の岩を照合することで、水が通った高さや広がりを検討できます。
大洪水説を支えた、複数の独立した痕跡
1920年代にJ・ハーレン・ブレッツが大洪水による説明を提案したとき、それはすぐに受け入れられたわけではありません。その後、水源となる氷河湖や、広域の堆積物と地形の対応が明らかになり、説明を支える証拠が積み重なりました。
現在の研究は、単一の湖から一度だけ流れ出た水ですべてを説明する段階から、複数の湖や繰り返す洪水の経路を調べる段階へ進んでいます。スキャブランドが示すのは、地形には長い時間の穏やかな変化だけでなく、短時間の大きな出来事も刻まれるという事実です。