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トンレサップ川はなぜ雨季に逆流するのか メコン川と湖を結ぶ水の動き

公開日

カンボジアのトンレサップ川は、湖とメコン川をつなぐ水路です。乾季には湖からメコン川へ、雨季にはメコン川から湖へ。同じ川なのに、一年の途中で水の向きが変わります。

水が重力に逆らう現象ではありません。雨季にメコン川の水位が湖より高くなると、湖へ向かうほうが水にとっての下り道になります。変わるのは、二つの水域の水面の高低差。その逆転が、湖の大きさも周囲の生きものの暮らしも変えるのです。

湖と大河をつなぐ、一本の水路

トンレサップ湖はカンボジアの中央部にあり、南東へ延びるトンレサップ川によって、プノンペン付近のメコン川とつながっています。湖に注ぐ周辺の川もあり、湖の水のすべてがメコン川から来るわけではありません。

乾季にはメコン川の水位が低くなり、湖の水がトンレサップ川を通って流れ出ます。多くの人が想像する、湖から川を経て海へ向かう流れに近い状態です。

しかし、この出口には、湖から海まで一方向の流れを強制する大きな落差があるわけではありません。広い低地の緩やかな水路だからこそ、接続先のメコン川の水面が上がると、湖からの流出が妨げられ、やがて向きが変わります。

雨季に逆転する、二つの水面の高低差

雨季にメコン川の流域で降水が増えると、支流から水が集まり、本流の水位が上昇します。プノンペン付近の水位が湖側を上回ると、水はトンレサップ川をさかのぼる向きに流れ、湖へ入ります。

地図で上に描かれた場所へ進むことと、高い場所へ進むことは違います。また、川底の傾きだけで、その瞬間の水の向きを決めることもできません。湖や大河がつながった低地では、水面の高低差が流れを考える重要な手がかりです。

二つの容器を下の管でつなぎ、一方の水面を高くすると、もう一方へ水が動きます。現実の川には摩擦や流れの勢いなどもありますが、トンレサップの逆流の基本はこの高さの関係です。川が地形の坂を逆向きに登る特別な力を持っているのではありません。

川の向きを変える、二つの水面の高低差
雨季はメコン川の水位が湖より高くなり水が湖へ流れる。乾季にメコン川の水位が下がると、湖から川へ水が流れる。

二つの水域を容器に見立てた水位差の模式図です。実際の湖底・川底の断面ではなく、流向や水位差は季節の途中でも変動します。

浅い湖だから、水位の変化が面積の変化になる

トンレサップ湖の周囲は傾きの小さい氾濫原で、雨季の水位上昇に伴って水が横へ広がり、乾季には陸だった場所まで水中になります。急な岸壁に囲まれた湖とは対照的に、わずかな高さの変化が広い面積の浸水につながる地形です。

そのため、湖の面積を一つの数字で覚えると、季節の違いを見落とします。面積も深さも水量も変わり、年ごとの雨の強さによって最大の広がりも異なります。数字を比べるなら、いつ測ったものかが欠かせません。

水上の家や高床の住居が見られるのも、この水位変動と深くかかわっています。湖岸は、年中同じ位置にある陸と水の境界ではなく、季節によって広く移動する帯なのです。

水に浸かる森が、魚の成長の場になる

雨季に水が氾濫原や森へ入ると、魚などの水生生物が利用できる空間が広がります。植物由来の有機物や栄養塩が水中へ入り、餌や隠れ場所も増えます。水位の上昇は、単に湖を大きくするだけではありません。

流れに乗って移動する卵や稚魚、湖と川の間を移動する魚、周囲の水域を利用する生物など、それぞれが季節の水に合わせて暮らしています。雨季の終わりに水が引くと、生息できる場所も再び変わります。

このような周期的な増水と減水を、洪水パルスと呼びます。人の居住地を壊す洪水が望ましいという意味ではなく、自然の季節的な浸水が、生態系を維持する働きも持つということです。水を常に同じ高さに固定すれば、同じ生産力がそのまま残るとは限りません。

乾季には、湖がメコン川を補う側へ

雨季の終わりにメコン川の水位が下がると、今度は湖側の水面が相対的に高くなり、水がメコン川へ戻ります。雨季に蓄えた水が、乾季の流れの一部を支える形です。

湖は、水の多い時期には受け入れ、少なくなる時期には送り出す働きをします。そのため、湖の変化はカンボジアの湖岸だけでなく、さらに下流のベトナム側の水系とも関係します。

ただし、自然の調節があるから、洪水も渇水も防げるということではありません。湖へ入る水量、入っている期間、周辺流域の雨、河道の状態によって、どれだけ蓄え、どれだけ戻せるかは変わります。

逆流は、毎年同じ日に始まるとは限らない

逆流は通常、雨季のメコン川の増水とともに始まりますが、開始日や期間は一定ではありません。メコン川の水位上昇が遅れたり、湖側の水位が違ったりすれば、両者の高低差が逆転する時期も変わります。

メコン川委員会の2019〜2021年の分析では、逆流の開始が遅れ、湖への流入が少なかった年が報告されています。その要因を一つだけに決めつけることはできません。流域の降水、貯水池の運用や取水、河床や水路の変化、湖周辺からの流入などを合わせて調べる必要があります。

重要なのは、逆流したか、しなかったかの二択だけではありません。いつ始まり、どのくらい長く、どれだけの水が入ったかが、氾濫原と生態系に影響します。流向が変わるという珍しさの奥に、水量と季節の細かな仕組みがあるのです。

トンレサップ川は、川が常に同じ方向へ流れるという思い込みに、具体的な例外を示します。それでも水の基本は変わりません。湖と大河の水面が季節で入れ替わり、水はその都度、高い側から低い側へ動いています。

参考資料

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