湖の深さといえば、氷河が削った穴や、火山のくぼみを思い浮かべるかもしれません。シベリアのバイカル湖は、そのどちらだけでも説明できない湖です。水深は1,600メートルを超え、淡水の湖として世界最大の水量を蓄えています。
これほど深い場所をつくった主役は、地殻が引き延ばされ、断層に沿って地盤が沈む運動でした。しかも湖底の下には分厚い堆積物があり、私たちが「底」と呼んでいる面のさらに下へ、地形の歴史が続いています。
大陸の内部にできる裂け目、リフト
バイカル湖は「リフト」と呼ばれる、大地が引き延ばされる地域にあります。岩盤はゴムのように一様に伸びるわけではなく、断層に沿ってずれ、その間の地盤が沈んで細長い盆地をつくります。
周囲の山から川が流れ込み、その低い場所に水がたまったものが湖です。したがって、湖水が強い力で地面を掘り下げたのではありません。先に地殻の運動で水を蓄える空間が生まれ、そこへ水が入るという関係です。
実際のバイカル湖は単純な左右対称の溝ではなく、複数の盆地や断層からなる複雑な構造。地表で見える細長い輪郭は、その構造の上端に当たります。
断面の概念図で、左右対称の構造や正確な厚さの比を示してはいません。バイカル湖は複数の盆地と断層からできています。
湖底と、地質学的な盆地の底の違い
船から測る水深は、水面から泥や砂の表面までの距離です。ところがバイカル湖では、その下にも堆積物が厚く続き、USGSの調査では7キロメートルを超える厚さの場所が報告されています。
この堆積物は、川が運んだ粒や湖の中で生まれた生物の遺骸などが、長い時間をかけて積もったもの。水の下に空洞があるのではなく、水深よりはるかに厚い地層が盆地を埋めているのです。
「バイカル湖の底は深さ数キロ」といった説明に出会ったときは、水深と地層の基底を区別する必要があります。どちらも湖の深さに関係しますが、測っている対象は同じではありません。
埋まるはずの湖が、長い時間を生き延びる理由
川が土砂を運び続ければ、普通は湖の浅い部分が増え、やがて湿地や陸地へ変わっていきます。バイカル湖にも大量の土砂が流れ込んでいるのに、なぜ深い湖が残ったのでしょうか。
重要なのは、盆地を埋める働きに対して、沈降などによって空間をつくる働きが長期にわたり続いてきたことです。穴を埋める量だけでなく、入れ物そのものの変化も考えると、深さと古さを両立できる理由が分かります。
堆積物が厚いことと、水が深いことは、一見すると反対の関係ではないでしょうか。ところが盆地自体が発達し続ければ、膨大な土砂を受け入れながら、その上に大きな水域を残すことも可能です。バイカル湖の厚い地層は「もうすぐ埋まる証拠」というより、土砂を蓄えられる空間が長く維持されてきた記録といえます。
ユネスコは湖の古さを約2,500万年と説明しています。ただし、今の湖岸線や水深が2,500万年間ずっと同じだったという意味ではありません。湖の発達の途中には、盆地の拡大や土砂のたまり方の変化がありました。
長寿の湖に蓄積した生物と気候の記録
水域が長く存続すると、そこに暮らす生物も長い時間をかけて分化する機会を得ます。バイカル湖に固有の生物が多いことは、湖の古さと、他の水域から隔てられた環境に関係しています。
湖底の泥に残るのは、地殻の運動の記録だけではありません。植物の花粉や微小な生物の殻、周辺から運ばれた粒の量などが、その時代の気候や環境を調べる手がかりになります。
湖底から柱状の試料を取り出し、深さごとに花粉などを調べれば、周囲の植生がどう変化したかをたどれます。ただし、深さをそのまま年数へ置き換えることはできません。積もる速さも変わるため、年代の手がかりを組み合わせて初めて、堆積物を時間順の記録として扱えるのです。
深い淡水湖と、出口のない塩湖の違い
深くて古い湖なら、長い間に塩分がたまって海のようになるのではないか。ここで重要なのは深さより、水が出ていく経路です。バイカル湖には流れ出すアンガラ川があり、水と一緒に溶けた成分も湖外へ運ばれます。
水が主に蒸発で失われる閉鎖湖とは、物質の出入りが違います。巨大な淡水の蓄積は、深い盆地だけでなく、水が循環する流域によって支えられているのです。