ロンドンは北海道より北にあります。それでも冬の気温を緯度だけから想像すると、実際との違いに驚くかもしれません。同じくらい北にある大陸の内陸部と比べると、冬の冷え込みが和らぎやすい場所なのです。
よく知られた説明は「暖流のおかげ」ですが、海流だけでロンドンの空気が直接暖まるわけではありません。熱を蓄える大西洋と、海上の空気を運ぶ風が一組になって働いています。
緯度が同じでも、空気の来た道は違う
緯度は、太陽の高さや昼の長さを決める重要な条件です。しかし気温は、その土地へどのような空気が届くかにも左右されます。
ロンドンを含む英国は、中緯度の偏西風帯にあります。大西洋の上を通った空気が西から運ばれやすく、冬には大陸内部で長く冷やされた空気より、温和な条件をもたらします。
同緯度の都市を比較しても、標高や地形、海までの距離は一致しません。単に地図に横線を引くより、風上側に海があるのか、広い陸地があるのかを加えるほうが、気温差を説明できます。
海からの距離が同程度でも、大陸の西岸と東岸では条件が変わります。西から風が吹くとき、西岸には海上の空気が直接届きますが、東岸へ来る空気は長い陸路を通ることになるからです。海に面しているという共通点だけで、冬の気温まで似るとは限りません。
冬まで熱を持ち越す大西洋
海は、日射を受けた表面だけでなく、混合によってある程度の深さまで熱を蓄えます。水そのものも温度が変わりにくいため、秋から冬になっても陸地ほど急には冷えません。
冬の冷たい空気が比較的暖かい海の上を通ると、海から空気へ熱が渡ります。その空気が風で英国へ来るため、沿岸の気温が和らぎやすくなるのです。
冬の海洋性気候の概念図です。海流そのものの流路や、ロンドンの正確な海岸からの距離を示していません。風向は日々変わります。
ここで「暖かい海」とは、泳いで快適な水温という意味ではありません。冬の冷えた大陸や、その上の空気より温度が高ければ、気候を和らげる役割を果たします。
同じ大西洋でも、冬の大陸から来た非常に冷たい空気は暖められ、逆に暖かい空気なら冷やされることがあります。海がいつでも暖房装置として働くわけではなく、そのときの海と空気の温度差によって、熱の渡る向きが変わるのです。
海流だけでは完結しない熱の輸送
低緯度から北大西洋へ運ばれる海の熱も、この地域の気候に関係しています。メキシコ湾流から続く海流系は、暖かい水を北側へ輸送する大きな循環の一部です。
ただし英国の冬を、一本の海流が沿岸を暖めるだけの話へ縮めることはできません。海の熱の蓄積、大気による熱輸送、風向、陸と海の配置が重なっています。
暖流があっても、風が大陸の冷たい空気を運ぶ日には寒くなります。海流は背景となる条件であり、毎日の天気を単独で決めるスイッチではないのです。
西風が弱まると変わる冬の表情
英国の冬を左右する現象の一つに、北大西洋振動があります。北大西洋の南北の気圧差が変わることで、西風の強さや低気圧の通り道が変わる現象です。
西風が強い場合は海から温和で湿った空気が届きやすく、風雨も強まりやすくなります。反対に西風が弱まり、北や東から空気が入れば、寒さや雪の可能性が高まる場合があります。
つまり、冬が比較的温和という気候の特徴と、厳しい寒波が起きることは矛盾しません。平均的な条件が、毎日の天気を保証しているわけではないからです。
海は夏にも温度差を小さくする存在
海の温度が変わりにくい性質は、冬だけに働くものではありません。夏は陸地のほうが急に熱くなるため、海から来る空気が暑さを和らげる側に回ります。
内陸では冬に冷えやすく夏に熱くなりやすいのに対し、海の影響を受ける場所では季節の振れ幅が小さくなる傾向があります。ロンドンにも都市の蓄熱や暑い空気の流入はありますが、その下にある大きな背景は海洋性の気候です。
ロンドンの冬を説明するには、緯度という位置だけでなく、海が蓄えた熱を風が運ぶ経路まで必要です。同じ高さの太陽の下でも、空気が来る道が違えば、冬の暮らしは大きく変わります。