海に面しているのに、夏は雨が少ない。地中海沿岸の気候は、日本の蒸し暑い夏を基準にすると意外に感じられます。海から水蒸気が供給されるなら、暑い季節ほど雨が増えそうだからです。
けれども、雨に必要なのは水蒸気だけではありません。湿った空気が上昇して冷え、雲が育つ条件も必要です。地中海の夏は、広い範囲で空気が下降しやすく、雨をもたらす低気圧の通り道も北へ寄るため、乾いた季節になります。
水蒸気があっても雨雲が育たない理由
空気が上昇すると、周囲の気圧が下がるため膨張して冷えます。水蒸気が小さな水滴へ変われば雲ができ、さらに粒が成長すると雨につながります。
反対に、空気が下降すると圧縮されて温まり、雲ができにくい側へ条件が変わります。地中海の夏に広がりやすい高気圧は、この下降する空気と関係しています。
海が近いことは水蒸気の供給源が近いことですが、空気を上昇させる仕組みまでは保証しません。海沿いなのに雨が少ないという疑問は、水の量と空気の動きを分けると解けます。
空気が下降して温まると、水蒸気の量が同じでも相対湿度は下がり、雲の粒が蒸発しやすくなります。高気圧が水蒸気を全部追い出しているわけではありません。水蒸気があっても雲になりにくい温度条件へ変わり、晴れた状態が保たれやすくなるのです。
夏に北へ広がる亜熱帯の高気圧
地球規模の大気循環には、亜熱帯で空気が下降しやすい帯があります。その位置や広がりは季節で変わり、北半球の夏には地中海周辺が高気圧の影響を受けやすくなります。
同時に、偏西風や雨を運ぶ低気圧の主な経路は、冬に比べて北へ寄ります。雨雲ができにくい背景と、雨を運ぶ天気が通りにくい背景が重なるのです。
北が上の概念図で、日々の天気図や緯度の実測図ではありません。地中海全域で常に同じ天気になるという意味ではありません。
ただし、空一面を覆う透明な蓋が固定されているわけではありません。天気は日々変わり、山沿いの雷雨や一時的な低気圧の影響もあります。「夏に雨が少ない」は季節平均の特徴です。
冬になると戻ってくる雨の通り道
冬は亜熱帯の高気圧の影響が南へ後退し、低気圧や前線が地中海周辺へ届きやすくなります。前線で暖かい空気が持ち上げられたり、低気圧の周辺で上昇したりすると、まとまった雨が降る条件が整います。
そのため、地中海性気候では夏に乾き、冬側に雨が偏る傾向があります。暑い季節を雨季と考える感覚とは逆ですが、気温と降水を決める仕組みは同じではありません。
夏の高温は水を蒸発させる働きを強める一方、雨が増えるとは限りません。水が欲しい季節に供給が少なくなることが、土地や植生にとって重要な条件になります。
一年の降水量が同じ二つの地域でも、夏にまとまって降るのか、冬に偏るのかで、水の使い方は変わります。冬の雨を土壌や湖、貯水池などに蓄えられなければ、年間の合計では雨があっても夏の不足を埋められません。地中海性気候を特徴づけるのは、少雨だけでなく、暑い時期と雨の多い時期のずれです。
地中海だけに限られない夏の乾燥
地中海性気候という名前でも、似た季節変化は地中海だけに存在するわけではありません。カリフォルニアなど、大陸西側の中緯度にも、冬に雨が多く夏に乾燥する地域があります。
共通するのは、海の固有名ではなく、亜熱帯の高気圧と偏西風帯の影響が季節で入れ替わる位置です。南半球にも同様の地域がありますが、夏と冬の月は北半球と逆になります。
一方、海岸と内陸、風上の山地と風下では、気温や降水量が大きく異なります。同じ気候区分でも、すべての町が同じ暑さや同じ雨量というわけではありません。
毎年の乾季と、異常な干ばつの違い
例年の夏に雨が少ないことと、干ばつは区別が必要です。乾季を持つ地域でも、冬の雨まで少なければ、土壌や貯水池に十分な水を蓄えられないまま夏を迎えることになります。
NOAAの研究は、地中海地域の冬季降水の減少と、人為的な気候変化との関係を調べています。夏の乾燥をもともとの気候だからと片付けても、冬の補給の変化や高温による水の消費までは説明できません。
地中海の水を考える際は、晴れた夏だけでなく、その前の冬にどれだけ蓄えられたかが重要です。季節をまたいだ水の収支まで含めて、夏の乾燥という特徴が暮らしの条件になります。