英国とフランスの間にあるドーバー海峡。その海底には、かつて大量の水が陸地を削った痕跡が残っています。今は海の底にある谷が、どのようにしてできたのか。調査から浮かんだのは、氷期の湖と巨大洪水が関わる、意外な歴史でした。
グレートブリテン島が大陸から隔てられた過程には、二つの異なる出来事があります。陸の障壁が壊れて低い通路ができたことと、その通路や周囲の低地へ海水が入ったこと。巨大洪水と海面変化を分けると、島の誕生の複雑さが見えてきます。
英国とフランスを結んでいた白亜の高まり
現在のドーバー海峡付近には、グレートブリテン側とフランス側をつなぐ白亜質の岩盤の高まりがありました。白亜は、海の微小な生物に由来する成分が積もってできた、白っぽい石灰岩の一種です。
海峡両岸に白い崖があることは、海を挟んだ土地の地質的なつながりを考える手がかりになります。ただし、崖が白いというだけで洪水の規模まで分かるわけではありません。障壁がどう失われたかは、海底の地形から調べられてきました。
氷床と岩盤の間にたまった水
氷期には、北海方面へ進出した氷床が水の流れを妨げました。その南側では、川や氷の融け水が、ドーバー付近の岩盤の高まりとの間にたまったと考えられています。
水位が上がり、障壁を越えて流れ出すと、落下する水が下の地面を削ります。流れが集中すれば侵食が進み、障壁の弱いところが崩れ、さらに多くの水が流れるという過程が起こりえます。
この湖の水位と、世界の海面は別です。氷期に海面が下がっていても、陸上で川の出口が氷や岩にふさがれれば、局地的には高い水位の湖ができます。周囲の海が低いから洪水は起こらない、というわけではありません。
ドーバー海峡の形成研究で提案される過程を単純化した断面です。氷床の位置・実際の形・流量は省略し、後の海面上昇とは区別しています。
海底のくぼみと流路が残す巨大洪水の証拠
インペリアル・カレッジ・ロンドンなどの研究では、海峡付近の深いくぼみや、下流側に続く侵食された谷が調べられました。これらは、滝の落ち口で地面が掘られ、その後、大量の水が通り抜けたという説明と整合します。
2017年の研究は、一度にすべてが開いたというより、段階的な侵食と洪水による開通を示しました。最初の大きな変化は約45万年前の氷期と関連づけられていますが、個々の段階の年代には検討の余地があります。
証拠となるくぼみは、水の落下点の下が掘られる「滝壺」として解釈されています。ただし、一つの穴を見つけるだけでは、水の流れた方向や範囲までは分かりません。下流に続く流路や削られた地形の配置と照合することで、大規模な流出という説明が支えられているのです。
重要なのは、単に「海が陸を沈めた」のではなく、その前に岩盤を削って通路を低くする出来事があったことです。水面の高さと、地面の高さの両方が変わりました。
海峡が開いても、陸との接続は一度で終わらない
ドーバーの障壁が失われた後も、氷期と間氷期は繰り返されました。氷が成長すれば海面が下がり、融ければ上がるため、北海の浅い部分が陸地になる時期もあります。
現在の北海にあった低地は、ドッガーランドとして知られています。これは「ドーバーの岩の橋が元どおりに復活した」という話ではありません。別の場所も含む広い浅海域が、海面低下によって陸として現れたものです。
したがって、英国が島になった日を一つだけ挙げるのは簡単ではありません。地質的な障壁の破壊と、最後に海面が上がって陸路を失った過程では、問いにしている出来事が異なるのです。
海の下の地形から復元する陸地の歴史
音波を使って海底の深さや地層を測れば、水面からは見えない谷や岩盤の形を調べられます。現在の海岸線だけを見ていたときには想像しにくかった巨大洪水も、海底を地形として捉えることで研究できるようになりました。
ドーバー海峡は、陸地がただ二つに裂けてできた境目でも、最近の海面上昇だけでできた水路でもありません。氷床が流れを変え、洪水が岩盤を削り、その後の海面変化が陸と海の配置を変えた場所です。
なお、ここで大陸との接続を考えているのは主にグレートブリテン島です。現在の国家としての英国には北アイルランドも含まれるため、地形の話では国名と島名を区別すると位置関係が明瞭になります。