港を造ったはずなのに、世代が変わるころには船を近づけにくくなる。スウェーデンとフィンランドに挟まれたボスニア湾では、そんな変化が何世紀も前から知られていました。川の土砂が港を埋めるだけでは説明できない広がりで、海岸そのものが海から離れていったのです。
原因は、氷河期に陸地を覆った巨大な氷床の重み。氷が消えたあとも、押し下げられた大地の回復は終わっていません。ただし「陸が上がる速さ」と「海が退いて見える速さ」は別物です。この違いから、北欧の海岸で今も進む地形の変化が理解できます。
消えた氷床の重みと、今も続く地盤の回復
かつて北欧を覆った氷床は、山の谷に残る小さな氷河とは規模が違いました。厚さが数キロメートルに達する氷の塊が広い範囲に載り、地殻とその下のマントルを変形させたのです。
マントルは、地下に広がる液体の海ではありません。基本的には固体ですが、非常に長い時間をかければゆっくり変形し、流動します。氷床の下から周囲へ移動した物質が、荷重の減少に応じて再び戻る。そのため、氷が融ければ直ちに元通り、とはいきませんでした。
この遅い調整が「氷河性地殻均衡調整」です。ボスニア湾周辺の隆起は、現在そこに巨大な氷床があって、それが毎年融けているという意味ではありません。遠い過去の荷重に対する応答が、現在まで続いているのです。
年に約1センチの隆起と、海面を基準にした変化
フィンランド国土地理院は、クヴァルケン周辺の隆起を、地球の中心を基準として年に約1センチと説明しています。人の目には小さな動きでも、数十年たてば浅瀬や船着き場の使い勝手が変わる大きさです。
ここで海面も同時に上昇していたら、海岸から見える変化はどうなるでしょうか。陸地の上昇分から海面の上昇分を差し引いた分だけ、水が引いたように見えます。潮位計が測るのは、この陸と海の相対的な高さ。一方、衛星測位では地盤自体の動きを追うことができます。
昔の人が海の水の減少を疑ったのも無理はありません。岸から眺めるだけでは、海が下がったのか、岸が上がったのかは区別できないからです。現在は水準測量や衛星観測を組み合わせ、内陸も含めた隆起の分布を確かめています。
沿岸の変化を示す模式断面です。実際の場所・隆起速度・水位の比ではありません。湖にも降水・流入・流出があり、海面自体も変化します。
入り江が湖へ変わる、海底の敷居の上昇
フィンランド側のクヴァルケン群島には、低い島々と浅い入り江が広がります。隆起は陸地だけでなく海底でも起きるため、入り江の出口にある浅い部分も次第に持ち上がる仕組みです。
出口が浅くなると、海との水の行き来が減少。さらに隆起が進めば通常の海面ではつながらなくなり、雨や周囲からの流入水が水域の性質を変えていきます。こうして海の一部だった場所が、やがて淡水の湖になるのです。
同じ過程で、浅瀬が島になり、島と島がつながり、島が半島へ変わることもあります。新しい陸地ができる原因は、火山噴火や埋め立てだけではありません。氷床の記憶が、海岸線を更新し続けているわけです。
同じ隆起でも違う、高い西岸と低い東岸
湾の対岸にあるスウェーデンのハイ・コーストでは、急な斜面や高い島が目立ちます。同じ隆起帯に属していても、クヴァルケンの低く平らな景色とは対照的です。
緩やかな浜では、水面が少し下がるだけで広い地面が現れます。急な岩壁なら、水面の位置が同じだけ変わっても、陸地の広がりはわずかでしょう。隆起の速さだけでなく、もとの地形の傾きが、新しく現れる陸の面積を左右するのです。
ハイ・コーストの山には、かつて海岸だった高さを示す痕跡も残っています。ただし、昔の海岸線が今の海面より何メートル高いかという値を、そのまま地盤の総上昇量と考えることはできません。その間に海面も動いているためです。
海岸線の変化に残る、氷河期と現在の海面上昇
隆起の速さは、氷が融け始めたころから一定だったわけではありません。初期の回復は速く、その後は次第に緩やかになりました。現在の年数ミリという値を何千年にもわたって掛け算しても、過去の海岸は再現できません。
さらに現在の海面上昇は、隆起によって新しい陸地が現れる効果を弱めます。陸が上がる地域だから海面変化と無関係、ということではないのです。
ボスニア湾の浅瀬は、氷河期に始まった地球内部の調整と、今の海の変化が出会う場所です。古い船着き場、海から切り離された入り江、高い斜面に残る浜の痕跡。それぞれが異なる時間幅で、大地と海の位置関係を記録しています。