デスバレー国立公園のバッドウォーター盆地は、海面より約86メートル低い、北アメリカで最も低い地点です。谷底から近くの山腹を見上げると、ずっと高い位置に海面の高さを示す標識があります。それなのに、目の前に広がるのは海ではなく、白い塩の平原。どうして、このような景色が生まれたのでしょうか。
この低さをつくったのは、地殻が引き伸ばされ、断層に沿って大地が動く作用です。そして、低い場所に海が入らないのは、海とつながる低い水路がないためです。「海面より低い」「塩がある」という二つの特徴だけでは、海が干上がった場所とは判断できません。
引っ張られる地殻に並ぶ、山地と盆地
デスバレーは、アメリカ西部のベイスン・アンド・レンジと呼ばれる地域にあります。名前のとおり盆地と山地が交互に並ぶこの地域では、地殻を横へ引き伸ばす変形が重要です。
硬い岩石からなる地殻は、ゴムのように一様に伸び続けることはできません。浅い部分では断層ができ、岩盤のブロック同士がずれ、傾きながら動きます。その結果、相対的に高い山地と、低い盆地が組み合わさりました。
現在のデスバレーの盆地の形成は、およそ300万年前ごろから進んだとされています。周囲に露出する岩石はそれよりはるかに古いため、谷の年齢と、谷壁の岩石の年齢は一致しません。
山が削れた分だけ、谷が低くなったわけではない
谷は川が掘ってできることもありますが、デスバレーの大きな低地の成因では、断層運動による沈降が欠かせません。バッドウォーターの東にそびえるブラック山地のふもとには、地盤の変位を示す新しい断層崖が見られます。
実際の運動にはブロックの回転や横ずれなども関わります。二本の垂直な割れ目の間で、中央だけがエレベーターのように真下へ落ちた、という単純な構造ではありません。長い時間をかけた断層運動が、盆地と山地の大きな高低差を維持しているのです。
上段の破線は水面ではなく高さの基準です。下段は断層運動の模式断面で、デスバレーの実測構造ではありません。実際の回転・横ずれ・複数の断層を省略し、沈降と堆積の競合を示しています。
海面より低い場所に、海水が届かない理由
標高は、海面を基準に土地の高さを表す尺度です。海面より低いという測定結果に、海へ通じる水路があるという意味は含まれません。間に高い土地があれば、海水はそこを越えて流れ込めないからです。
バッドウォーターは周囲を高地に囲まれた閉じた盆地で、海へ抜ける川を持ちません。集まる水の量より、蒸発などで失う水の量が多い状態では、低い場所でも広い水面は維持されません。土地の高さと、そこに水がたまるかどうかは、異なる条件で決まるのです。
国立公園局も、デスバレーの今の谷は海ではなかったと説明しています。ただし、周囲の岩石まで海と無縁だったわけではありません。岩石がはるか昔に海で堆積したことと、その岩石を切る現在の盆地が海につながっていたかは、別の話なのです。
埋まり続けながら、沈み続ける谷底
周囲の山が削れると、礫や砂、泥は谷底へ運び込まれます。山の出口で広がる扇状地は、その土砂が積もった場所です。谷底が低いからといって、そこから物質が取り除かれる一方ではありません。
バッドウォーターの下には、非常に厚い堆積物と塩類が蓄積しています。それでも盆地が残るのは、堆積で埋まる作用と、地盤が沈む作用が同時に進んできたためです。今見えている平らな表面は、地下の岩盤の底そのものではありません。
山地からの土砂は、最終的に海へ運び去られるとは限りません。外へ流出する川のない盆地では、周囲から来た物質が内部に残りやすく、地形とともに厚い地層をつくります。
白い塩原が伝える、内陸湖の歴史
過去の湿潤な時期には、盆地にマンリー湖と呼ばれる内陸湖が広がりました。川や地下水は、流域の岩石から溶け出した成分を湖へ運び込みます。水が蒸発しても塩類は残るため、湖の縮小に伴って白い塩の地表が生まれました。
現在の塩原にも、地下水が上がって蒸発し、塩を結晶として残す作用が働いています。白い地面は、昔の湖底が何の変化もなく保存されたものではありません。塩が溶け、移動し、析出する過程が続く地表です。
主な塩は食塩と同じ塩化ナトリウムですが、方解石や石膏、ホウ砂なども含まれます。塩化ナトリウムがあること自体は、海水由来の証拠にはなりません。
低さ、乾燥、塩原をつなぐ三つの過程
デスバレーの景色は、断層で盆地をつくる働き、水の出入り、溶けた成分の蓄積を重ねると理解しやすくなります。断層運動が低さを生み、水の収支が湖の広がりを変え、蒸発が塩を残してきました。
大雨の後には一時的な水面が広がることもありますが、それは海が戻ったのではありません。海面より低い内陸の盆地が、自分の流域から届いた水を受け止めている姿なのです。