カリフォルニアの夏といえば強い日差しを想像しがちですが、サンフランシスコの海沿いでは、夏でも冷たい風が吹き、低い雲や霧が街を覆うことがあります。同じ日の内陸は暑いのに、海岸では上着が恋しくなるほど。緯度だけでは説明できない違いです。
鍵になるのは、沖合の冷たい海と、そこに接して冷やされた空気です。その空気が上の暖かい空気と混ざりにくい層をつくり、海から陸へ入り込みます。霧は涼しさを強める働きを持ちますが、霧そのものが冷気を生み出す唯一の原因ではありません。
南へ流れる海流と、下から湧き上がる冷水
北米西岸の沖を、北から南へ流れるカリフォルニア海流。それに加え、沿岸の冷たさを支えるのが「湧昇」です。風によって表層の水が沖へ移動すると、その分を補うように下の冷たい水が上がってきます。
湧昇は、風が海面を上から押して冷水を噴き上げる現象ではありません。風と地球の自転の影響で表層の水が運ばれ、沿岸から離れた水を下層の水が補います。北半球では、風に対して右向きの正味の輸送が生じるため、海岸に沿う風でも沖向きの水の移動につながるのです。
夏の日差しがあっても、海面付近の水が単に温め続けられるわけではありません。冷たい水が供給されることで、すぐ近くの陸地との温度差が保たれます。
暖かく湿った空気が、冷たい海で霧になるまで
水蒸気を含む空気が冷たい海面の上を移動すると、下から冷やされ、露点まで下がれば水蒸気の一部が小さな水滴になります。その水滴が集まったものが、霧や低い雲です。白く見える部分を、気体の水蒸気そのものと取り違えてはいけません。
空気が別の場所へ移動しながら冷やされるこの霧は、移流霧に当たります。よく晴れた夜に地面が冷え、その上の空気も冷える放射霧とは、発生の仕組みが違います。カリフォルニア内陸の冬の濃霧と、沿岸の夏の霧を、同じ現象として説明しない方が正確でしょう。
上の方が暖かい「逆転層」というふた
通常は、高度が上がるにつれて気温が下がることが多いものです。しかし、冷たい海の上では、そうなるとは限りません。下に冷気、その上に相対的に暖かい空気が重なり、ある高さの範囲で温度の上下関係が逆になるため、この層を逆転層と呼びます。
下の冷たく密度の大きい空気は、上の暖かい空気を突き抜けて上昇しにくく、上下の混合が抑えられます。その下に広がる海由来の空気の層が、マリンレイヤーです。目に見える雲や霧だけを指す言葉ではありません。
このため、低地では霧に包まれていても、近くの山頂が層の上に出れば、晴れて暖かい場合があります。「山は必ずふもとより寒い」という予想が、逆転層のある日には外れるのです。
上段は高度、下段は平面の位置関係を示す模式図です。実際の温度・高度・海岸線は再現していません。霧の濃さや冷気の層の厚さは日によって変わり、下段の青矢印は海流ではなく風です。
ゴールデンゲートが、冷気と霧の通り道になる理由
浅い冷気の層は、高い丘陵をどこでも自由に越えられるわけではありません。海側から風が吹くと、湾や海岸の低い隙間が内陸への通り道になります。サンフランシスコ湾の入口であるゴールデンゲートは、その代表例です。
海から入る風の向きと強さによって、霧が湾のどこへ広がるかは変わります。街全体に同じ厚さの霧が均等に掛かるわけではありません。海に面した斜面、丘の背後、湾の奥では、冷気の届き方と日差しが違います。
さらに、逆転層の高さが変われば、冷気が越えられる丘や峠も変わります。海岸だけが涼しい日と、内陸まで涼しさが届く日の違いには、風向だけでなく空気の層の厚さも関わっているのです。
霧が晴れても、海の冷却効果は残る場合
昼間に地表が暖まると、水滴が蒸発して霧が薄れることがあります。しかし、霧が見えなくなったことと、海由来の冷たい空気が全部去ったことは同じではありません。目に見える水滴と、空気の温度・湿度は区別して考える必要があります。
一方、低い雲が残れば、地表へ届く日差しが抑えられ、日中の気温が上がりにくくなります。冷たい海が空気を冷やし、その空気の中にできた雲が陸の加熱を弱める。複数の作用が重なって、夏の涼しさを支えます。
陸から海へ向かう風が優勢な日などには、この冷却効果が弱まり、サンフランシスコでも暑くなることがあります。「夏でも涼しい」は気候の特徴であって、毎日の気温を保証する表現ではありません。
雨の少ない季節を支える、霧の水滴
夏のカリフォルニア沿岸では、雨は多くありません。それでも、葉や枝に付着した霧の水滴が集まって落ちることで、雨とは別の経路から水が届きます。涼しく湿った空気が植物からの水分損失を減らす効果も、見逃せないところです。
こうした水の供給は、降水量だけからは把握できません。USGSの太平洋沿岸霧プロジェクトは、霧の分布と生態系への影響を調べています。橋を覆う白い風景の背景には、乾いた夏の植生を支える水の循環もあるのです。