雨が降り、森が育ち、海の近くに大きな町もある。それなのに、ユカタン半島の北部を地図で見ると、川の線が驚くほど少ないことに気づきます。乾燥しているから川ができない、という砂漠の話ではありません。
ここでは雨水の多くが地中へ入り、石灰岩の割れ目や洞窟を通って海へ向かっています。セノーテと呼ばれる水をたたえた穴は、その地下水系の一部が地表に顔を出したもの。川が見えない土地の下で、水の移動は続いているのです。
地面の上に集まる前に、地下へ入る雨
地表の川が育つには、雨水が斜面を下り、細い流れを合流させながら、地面の上を進む必要があります。ところが、途中で水が地中へ抜けやすければ、広い集水域から水を集める川は発達しにくいでしょう。ユカタン北部では、低くなだらかな地形と、水を通しやすい岩盤が組み合わさっています。
平らだから水がまったく動かないわけではありません。地下水も、水面の高さの差に応じて移動します。急流のような大きな落差がなくても、半島の内側から沿岸へ向かう緩やかな差が、水の流れを支えるのです。
石灰岩の割れ目を広げる、水の化学作用
石灰岩は、海の生物の殻などに由来する炭酸カルシウムを主成分とする岩石です。雨水が空気や土壌から二酸化炭素を取り込むと、弱い酸性になり、岩の成分を少しずつ溶かします。強い酸を流し込むような、特殊な現象ではありません。
最初は小さな割れ目でも、溶け広がれば通れる水が増え、その水がさらに岩を溶かすという循環が生まれます。細いすき間から大きな洞窟へと発達する、こうした岩の溶解による地形や地下水系を、カルストと呼びます。
ただし、石灰岩を一様なスポンジと考えると、流れ方を取り違えるでしょう。岩そのものの細かな孔を通る水もあれば、割れ目や大きな通路を速く進む水もあります。同じ半島の地下でも、水の通りやすさは場所によって大きく違います。
二つの概念的な断面で、特定の洞窟の実測図ではありません。通路を大きく描き、複雑な分岐や岩の細孔の流れは省略しています。下段の色は岩盤中の水の性質で、地下全体が空洞という意味ではありません。混合帯の厚さや傾斜は任意です。
独立した池ではなく、地下水の見える窓
洞窟の天井が崩れたり、岩の溶解によって地表がくぼんだりすると、地下の水が見える場所ができます。それがセノーテの成り立ちに関わる仕組みです。すべてが同じ形の円い縦穴になるわけではなく、洞窟内の水場から、空に開いた大きな水面まで姿はさまざま。
地表からは離れた池に見えても、水の通り道まで切れているとは限りません。セノーテの底や側面には、地下のすき間や洞窟へ続く部分があります。一つの穴にたまった雨だけを見ているのではなく、周囲から供給される地下水の一部を見ているのです。
一方、「地下の川」という表現から、すべてのセノーテを一本の巨大なトンネルが結ぶ姿を想像するのも正確ではありません。枝分かれした通路と岩のすき間が重なり、流れの速さも向きも一様ではない水系です。
淡水の下へ入り込む海水
海岸に近い地下では、陸から来る淡水と海から入り込む塩水が出会います。塩分を多く含む水のほうが密度が大きいため、淡水はおおむね上側、塩水は下側に位置するのです。その間には混ざり合う帯もあり、油と水のような完全に混じらない二層ではありません。
USGSなどが調べたオクス・ベル・ハ洞窟系のセノーテ・バンは、海岸から約5キロメートル内陸にあります。それでも研究対象は、密度の異なる水が重なる沿岸地下水系でした。地上では海が見えなくても、地下の水は海の影響から切り離されていないのです。
このため、地中の水をすべて淡水の貯金として数えることはできません。井戸で強くくみ上げれば、下側の塩分の多い水が上へ動く場合もあります。水の量だけでなく、どの深さにどの水があるかが、水源としての条件を左右します。
半島南部に残る、地表を流れる川
「ユカタン半島には川がない」という説明は、半島全体には当てはまりません。メキシコ政府の水文資料に記載される南西側のカンデラリア川や、メキシコとベリーズの境界をなすオンド川は、地表を流れる実際の河川です。川の少ない北部の景観を、そのまま南部まで広げることはできません。
同じ石灰岩地域でも、地層や土壌の性質、地下の通路の発達、地形の勾配はそろっていません。粘土を含む土が浸透を妨げる場所もあり、地表に水が残る条件は変わります。半島北部のセノーテと南部の河川は、異なる水の通り道が同じ地域に共存している例なのです。
水を集める速さと、汚れが届く速さ
カルストは、地表の水を地下へ取り込む能力に優れています。しかし、それはいつでも十分な浄化が行われるという意味ではありません。細かな土の層を長く通らず、大きな割れ目や洞窟へ流れ込む水は、地表の物質も速く運ぶことがあります。
このつながりは、生態系にも表れます。2017年に公表されたユカタンの洞窟研究では、地下へ届く有機物やメタンを利用する微生物が、洞窟内の食物網を支える様子が示されました。地上の森、地下の微生物、洞窟の小さな動物は、別々の世界ではなかったのです。
川の青い線が少ない地図の下には、もう一つの水の地理があります。セノーテは珍しい穴というだけでなく、雨が地中へ入り、岩と反応し、海へ近づく過程の一部。地表の川だけでは、ユカタンの水の行方は説明できません。