チチカカ湖の湖面は、海抜およそ3,800メートルにあります。富士山の山頂ほどの高さに広い水面が続くと聞くと、山の上へ水を運び上げたようにも感じるでしょう。しかし、湖の周囲には、さらに高いアンデスの山々があるのです。
チチカカ湖は、アンデスの隆起と変形の中でできた高原の盆地に、水が集まる湖です。海面からは高くても、流れ込む川にとっては下流側の低い場所に当たります。高い湖が存在することは、水が低い場所へ向かう性質と矛盾しません。
高いアルティプラノの中にある、低い受け皿
ペルーとボリビアにまたがるチチカカ湖は、アルティプラノと呼ばれる高原の北側にあります。盆地の形成には、アンデスの地殻変動や断層による構造が関わっています。大きな火口へ水がたまった湖ではありません。
盆地という言葉は、周囲に対してくぼんでいる場所を指します。海抜の低い土地だけの呼び名ではありません。地域全体が高くなれば、雨や川の水を集める盆地の底も、海面から遠い位置にあるのです。
周囲の流域には、湖よりずっと高い山地が含まれます。そこへ降った雨や雪に由来する水が、川を通じて湖へ届きます。湖だけを地図から切り離すより、周囲の山々を含む受け皿として考えたほうが、巨大な水面の存在を説明できるでしょう。
一つの湖の中にある、深い水域と浅い水域
チチカカ湖の内部も一様ではありません。大きく深い主湖盆と、南側の浅いウィニャイマルカ湖盆が、ティキナ海峡でつながっています。深い側には約280メートルに達する場所がある一方、浅い側の最大水深はおよそ35メートルです。
深い沖合と浅い沿岸では、生きもののすむ環境も同じではありません。岸辺にはトトラと呼ばれる抽水植物の群落が広がり、鳥や魚のすみかにもなっています。大きな青い一枚の水域に見えても、深水域と湿地の違いがあるのです。
湖面の高さは、水深そのものではありません。海抜は海面を基準にした位置、水深は湖面から底までの距離という違いです。高い場所にある盆地でも、湖面の下に深いくぼみがあれば、高さと深さをともに持つ湖になるのです。
流出口があっても、海につながらない水系
チチカカ湖からは、南側へデサグアデロ川が流れ出します。では、この川を下れば最後に海へ出るのでしょうか。そうではありません。
デサグアデロ川は、高原のより低い側へ水を送り、ポオポ湖などを含む内陸の水系につながります。その水系全体には、海へ抜ける出口がありません。途中の湖や湿地などから水が蒸発するため、大河となって海まで流れ続ける仕組みとは異なるのです。
つまり、「湖から流れ出る川があること」と「流域が海へ開いていること」は別です。チチカカ湖には流出口があり、それを含む大きな流域は内陸流域である。この二つの説明は、対象にしている範囲が違うため両立します。
チチカカ湖の実測断面や現在の水位ではありません。流出口の高さによる基本的な違いを示し、実際の河床形状、風による変動、水門操作、地下水は省略しています。将来の特定の年の状態を描いたものでもありません。
冷たい高地でも大きい、湖面からの蒸発
寒い場所の湖なら、水はあまり蒸発しないと思えるかもしれません。しかし、蒸発は水が沸騰しなくても起こります。日射、乾いた空気、風なども関わるため、気温だけで水の失われ方は決まらないのです。
チチカカ湖を管理する二国間機関ALTが紹介する1980〜2015年の水収支モデルでは、湖から失われる水の約95%が蒸発、約5%がデサグアデロ川への流出でした。これは期間平均のモデル上の割合であり、雨の多い年にも少ない年にも同じ比率になるわけではありません。
湖を保つのは、川から入る水と湖面へ直接降る雨。それに対し、蒸発と流出が水を減らします。大きな湖でも、差し引きが長くマイナスなら水位は下がり、南側へ送れる水も少なくなるのです。
湖底の堆積物に残る、深い湖と浅い湖の歴史
チチカカ湖は、過去も今と同じ水位だったわけではありません。2007年に発表された掘削研究では、長さ136メートルの湖底堆積物を使い、およそ37万年間にわたる環境の変化が復元されました。
調べられた時期には、周辺で氷河が広がる局面に、湖が深く、塩分の低い状態になりやすかったという関係が見られました。反対に、水収支が悪化する時期には浅くなり、出口から水が流れ出ない状態へ変わったと解釈されています。
冷えると水が減り、暖まると融けた水で増える、という単純な対応ではありません。流域への降水と蒸発を含む収支が、湖の広がりを変えてきたのです。湖底に残る物質は、現在の湖面だけからは分からない過去を伝えています。
湖が消える前に起こり得る、流出口の変化
湖底に水が残っていても、流出口より水位が低くなれば、川へは送り出せません。水が越えるべき高さがあるためで、湖の消失より先に起こり得る変化です。
2026年の研究は、降水と蒸発の条件が変わった場合に、チチカカ湖の流出が途絶える可能性をモデルで検討しました。将来の時期は想定条件に依存するため、確定した予定ではありません。重要なのは、広い水面が残っていても、下流へ水を送る働きは先に失われ得るという点でしょう。
チチカカ湖の存在は、高い山々の中にできた盆地と、そこへ水を供給し続ける流域によって支えられています。その姿は、山の上へ取り残された動かない水たまりではありません。雨、川、蒸発、流出口が結びついた、高原の大きな水の循環なのです。
参考資料
- Ramsar Sites Information Service:Lake Titicaca, Bolivia(1998年情報票、地形・湖盆)
- Convention on Wetlands:Photo essay: Lago Titicaca(2001、湖と沿岸湿地)
- ALT:El Lago Titicaca en tiempo de sequía(1980〜2015年モデルによる水収支の紹介)
- Fritzほか(2007):Quaternary glaciation and hydrologic variation in the South American tropics as reconstructed from the Lake Titicaca drilling project
- Pillco Zoláほか(2026):Assessing the potential transition of Lake Titicaca to a terminal lake