ボリビアのエルアルトからラパスを見下ろすと、高原の家並みの先で、深い谷を埋めるもう一つの都市が目に入ります。二つの町の間に、広い山野があるわけではありません。斜面を挟んで市街地が続いているのに、行き来には数百メートルもの上り下りが伴うのです。
二つの都市の高低差は、片方だけが山の上へ建設されたためではありません。広いアルティプラノの高原面にあるエルアルトと、そこから深く刻まれた谷にあるラパス。この地形の組み合わせに、古くからの都市の集積と、交通拠点として成長した新しい市街地が重なったのです。
高原の上のエルアルト、谷の中のラパス
エルアルトの市街地は、おおむね標高4,000メートルを超える高原に広がっています。一方、ラパスの中心部は3,600メートル前後。ラパス市内にも大きな高低差があり、斜面の住宅地と南側の低い地区とでは、同じ高さにはありません。
世界銀行の都市交通の事例集は、両都市の位置関係を、ラパス3,650メートル、エルアルト4,070メートルという代表値で説明しています。これは都市全域が二枚の水平な床になっているという意味ではなく、都市間を行き来する際の起伏の大きさを示す数字です。
エルアルト側から見ればラパスは低い場所ですが、そのラパスさえ日本の富士山頂に近い高度にあります。「谷」と「低地」は同義ではありません。海面からの高さと、周囲に対する高さとを分ける必要がある風景でしょう。
都市と交通の関係を示す概念図です。特定の道路・路線・駅の配置や実測断面ではなく、高低差、建物、ケーブルのたわみも実際の比率とは異なります。ラパス市街地は谷底だけでなく斜面や複数の谷に広がっています。
川が刻んだ谷に沿う、ラパスの市街地
ラパスのくぼみは、巨大な火口に街をつくったものではありません。ラパス市の地質資料は、チョケヤプ川とその支流が刻んだ深い谷を、都市の地形の骨格として説明しています。
地図で確認すると、市街地は一つの丸い鉢の底だけに収まってはいません。チョケヤプ、オルコハウイラ、イルパビなど複数の川の谷に沿って延び、その間の斜面にも家並みが続きます。枝分かれした水系が、都市を広げられる方向にも関わっているのです。
周囲が高いからといって、降った水がすべて閉じ込められるわけでもありません。これらの川はラパス川へ集まり、さらにアマゾン水系へつながります。チチカカ湖を含む高原の内陸流域とは、水の行き先が異なる点も興味深いところです。
広い土地と交通拠点が支えたエルアルトの成長
谷側では、都市を横へ広げようとすると斜面や支谷にぶつかります。対照的に、高原側には連続した土地があり、鉄道や道路、空港など、大きな空間を必要とする施設が置かれてきました。
エルアルト市の歴史紹介には、20世紀初頭の鉄道と、1920年の航空の幕開けが記されています。高い場所であることは気候や航空機の運航に制約を与える一方、起伏の小さい土地は交通施設を集める条件にもなりました。高さだけで立地の有利・不利は決まらないのです。
交通施設の周囲に仕事や住まいが集まり、人口の増加とともに市街地が広がりました。現在のエルアルトには都市間バスの大きなターミナルもあり、ラパスへ向かう途中の単なる通過地点ではありません。高原上の都市として、独自の人と物の流れを持っています。
近くに見えても、長くなる地上の道のり
地図上の直線距離が短くても、急斜面をそのまま道路にすることはできません。勾配を緩めるために道を曲げれば、その分だけ距離が延び、限られた経路へ車が集中します。
世界銀行がラパスの交通について挙げているのは、狭く曲がりくねった道路と、通勤時間帯の混雑です。谷底から高原の縁まで行く移動には、水平距離に加え、標高差をどう克服するかという問題がついて回ります。
鉄道を新設する場合も、平地の都市と同じ条件ではありません。急勾配、トンネル、橋、密集した住宅地との調整が必要になるため、単に二地点を線で結ぶだけでは済まないのです。
道路の混雑を越える、日常のロープウェー
この地形に対応する交通機関として導入されたのが、ミ・テレフェリコです。最初の赤線は2014年に開業し、エルアルトの7月16日地区と、ラパスの旧鉄道駅付近を結びました。
人々が乗るのは、景色を眺めるためだけではありません。通勤や通学を担う車両をケーブルからつるし、斜面や地上の道路をまたいで二つの高さを結びます。道路を連続して広げる方法とは、必要とする地上の空間が違うのです。
もちろん、空中を通るだけですべての移動が解決するわけではありません。駅までは徒歩やバスで近づく必要があり、駅の配置や乗り継ぎによって便利さも変わります。ロープウェーは都市を平らにするのではなく、起伏を越える別の経路を加えた交通機関なのです。
一つの都市圏をつくる、歴史の異なる二つの市
家並みがつながっていても、エルアルトはラパスの一地区ではありません。1985年に独立した自治体としての制度上の基礎が置かれ、1988年には都市の地位を与えられました。
市の歴史では、水道などの基礎的なサービスを求める住民組織の活動が、自治体成立の重要な背景として紹介されています。都市が大きくなることと、暮らしに必要な設備が整うことは同時には進まなかったのです。
ラパスとエルアルトの景色には、川の侵食がつくった高低差と、都市が成長してきた時間差の両方が表れています。谷側に集まった機能、高原側へ広がった交通と住宅、その間を毎日移動する人々。数百メートルの段差は、二つの市を隔てる壁であると同時に、一体の都市圏の交通を特徴づける条件でもあります。