草原だった場所に水が広がり、木立が島のように残る。ブラジル中西部からボリビア、パラグアイにかけてのパンタナールでは、陸と水の境界が季節ごとに動きます。巨大な湖が一年中そこにあるのではなく、川の周囲の平野が、長い時間をかけて水を受け止める湿地です。
その広さを生むのは、雨の多さだけではありません。周囲の高地から流れ込む水、低平な盆地、流れを変えながら土砂を積み重ねる川。この三つが重なると、雨がやんだあとも増水が続くという、一見不思議なことが起こります。
周囲の高地から水が集まる、パラグアイ川上流の盆地
パンタナールが広がるのは、パラグアイ川上流域の低地です。周囲の高地に降った雨は、支流を通じて低地へ向かいます。湿地に届く水は、頭上の雨だけではありません。平野の外側からも集まる地形なのです。
ただし、出口のない盆地ではありません。水はパラグアイ川を南へ流れ、さらにパラナ川、ラプラタ川を経て大西洋へつながります。パンタナールが湿地なのは、出口が完全に閉じているからではなく、入ってきた水がすぐには流れ去らないからなのです。
山の川なら、急な斜面を水が短時間で下ります。ところが、この平野では南北方向の勾配がきわめて小さく、河道の外にも水が広がります。流域の形を考える際には、集水範囲の大きさと、出口へ水を運ぶ速さの両方が欠かせません。
雨季が終わっても届く、上流からの増水
雨がやめば、濡れた道路は乾き始める。身近な水たまりではよくある変化ですが、パンタナールでは地元の雨が弱まっても、水位が上がることがあります。遠くの上流から、遅れて増水が届くためです。
ブラジル農牧研究公社Embrapaは、高地からの水がパンタナールを通過するまでに、数か月を要することを説明しています。途中で氾濫原に広がった水は、川へ戻ったり、別の低地へ進んだりするため、一つの水路を一斉に走るわけではありません。
南部のラダリオでは、地域の雨季が終わりに近づいてからも、パラグアイ川の水位が上がる年があります。2018年のEmbrapaの解説でも、南部の増水の山場として5~6月が挙げられていました。これは毎年必ず同じ日にピークを迎えるという暦ではなく、上流の雨と下流の水位がずれる具体例です。
流域と貯留の働きを単純化した模式図です。パンタナールの実測断面や流量比ではなく、平野にも勾配があります。現地の降雨、蒸発、地下水との交換、支流ごとの時間差は省略しています。
わずかな高低差で分かれる、草原・水路・林
遠くからは平らに見える土地にも、川が土砂を置いた微高地、浅いくぼみ、古い河道が入り交じっています。少し高い場所は早く水から顔を出す一方、低い場所は長く水の下。根が空気に触れられる時期は、その小さな起伏によって違うのです。
一年のうち何か月も水につかる草地と、水の届きにくい林では、育つ植物が同じとは限りません。動物にとっても、水位の上昇は移動できる範囲や餌場が変わる出来事です。乾季には水域が縮み、雨季には水路どうしがつながる。その繰り返しが、湿地に多様な環境を生みます。
したがって、パンタナール全体を「どこも同じ深さの沼」と考えるのは不正確です。土壌や植生、氾濫の時期には地域差があり、周囲の乾いた景観まで含めたモザイク状の土地なのです。
タクアリ川がつくる、巨大な土砂の扇
水を遅らせる低平な地形は、土砂がたまる場所でもあります。川が山地から運び込んだ砂や泥は、流れが緩むと堆積し、土地の形を少しずつ変えてきました。タクアリ川には、その積み重ねで生まれた巨大な扇状地があります。
扇状地の一部では、砂を積み重ねた河道と自然堤防が、周囲の氾濫原より高くなっています。そこで堤防が切れたら、どうなるでしょうか。水は低い側へ流れ出し、やがて本流の道筋まで変わることがあります。この大きな流路の乗り換えが、アバルションです。
2005年の地形研究は、タクアリ川下流で1988年に始まった流路変化が、1998年までに旧河道の放棄へ至った例を記録しています。地図上の川の線は、何千年も動かない境界ではありません。数年から十数年の変化でも、別の土地へ水が入り続けるようになるのです。
自然な氾濫と、変わりすぎた水の道
定期的な増水は、湿地の生態系を支える基本的な働きです。しかし、だからといって、どんな浸水も以前と同じとはいえません。流路の変化によって、季節的に水が引いていた土地が、長く水につかるようになる場合もあります。
タクアリ川では、上流の土地利用に伴う土砂の増加や降雨の変動が、堆積と氾濫に影響してきました。一方で、流路の乗り換え自体は、人間の活動以前から堆積平野で起きていた現象です。すべてを自然の周期だけで説明することも、すべてを一つの人為的原因に帰すこともできません。
パンタナールの水を理解するには、川の水位だけでなく、水の来た場所、たまる場所、抜ける場所をつなげて考える必要があります。広大な湿地は、余った雨水の置き場ではなく、流域全体の水と土砂がゆっくり通り抜ける土地なのです。
参考資料
- Embrapa:O Pantanal。地形の勾配、流域からの水の移動、地域ごとの景観。
- Embrapa:Hidrologia do Pantanal。パラグアイ川上流域と氾濫の仕組み。
- Embrapa:Pantanal espera enchente rigorosa para 2018。2018年当時の南部の増水時期。
- Embrapa:Campo inundável。季節的に水没する草地と土壌・植生の違い。
- Assine(2005):River avulsions on the Taquari megafan, Pantanal wetland, Brazil。要旨に記載された堆積地形と流路変化の観察。
- Embrapa Pantanal:タクアリ川の堆積・氾濫に関する研究紹介。上流の土地利用と下流への影響。