ニュージーランド南島のコエコヘ海岸には、人の背丈ほどもある丸い岩が、砂浜にいくつも転がっています。巨大な球を誰かが並べたように見える、モエラキ・ボールダーズです。ところが、この丸さは人が削った結果でも、浜で長く転がされてできた形でもありません。
正体は、海底にたまった泥の中で鉱物が沈殿し、周囲の粒を固めてできたコンクリーション(団塊)です。まず地層の内部で丸い塊ができ、その後、周囲の地層が侵食されて姿を現しました。「球をつくった働き」と「球を浜に出した働き」が別であることが、成り立ちを理解する鍵になります。
泥の粒をつなぎ合わせた、天然のセメント
モエラキの巨石は、一個の巨大な結晶ではありません。泥や細かな砂の粒が、方解石という鉱物によって結びつけられた岩です。方解石の主成分は炭酸カルシウムで、石灰岩や貝殻にも関わる物質です。
海底の泥は、粒だけでぎっしり詰まっているわけではなく、粒の間に水を含んでいます。その水に溶けた成分が化学反応を起こし、鉱物として沈殿すれば、ばらばらだった粒の隙間が埋まり、互いにつながるようになるのです。
ここでいう「セメント」は、建設用の粉を誰かが流し込んだという意味ではありません。地質学では、堆積物の粒をつなぐ鉱物の働きもセメント作用と呼びます。同じ泥の層の中でも、特に固くなった部分が、後に一つの岩の塊として残るわけです。
波で角が取れた石とは違う、内側から広がる丸さ
川原の丸い石なら、上流から運ばれる間にぶつかり合い、角が削れた姿を思い浮かべるでしょう。モエラキの場合、丸い塊は周囲の泥に埋まっている段階で形成されました。崖の中から一部だけ顔を出した団塊も、その証拠の一つです。
炭酸カルシウムの球状団塊では、泥の中の有機物が分解し、炭素を含む成分が周囲へ広がって、水に含まれるカルシウムと反応する仕組みが知られています。成分がある方向へだけ強く流されず、周囲へ拡散する条件では、固まる範囲も球状に広がりやすくなるのです。
したがって、中心に丸い石があり、その表面へ砂が一粒ずつ貼り付いたとは限りません。すでに泥の中にある粒の隙間へ鉱物が沈殿し、固くなる領域が広がったものです。モエラキの団塊についても、海底下の水と微生物の活動が形成に関わったことが、鉱物や同位体の分析から検討されています。
形成と露出を区別する模式図です。粒や団塊、海岸の大きさは比例せず、経過時間や実際の崖の断面を表しません。地層の隆起・海面変化や団塊内部の割れ目は省略しています。
すべての団塊が完全な球になるわけではありません。泥の性質、水や成分の移動のしやすさ、反応する場所などが違えば、楕円形や不規則な形にもなります。モエラキで目立つ球形は、自然物には珍しい形というより、地中で進んだ反応の条件がよく表れた形なのです。
亀の甲羅に似た模様に残る、割れ目と鉱物の順序
巨石の表面には、多角形の区切りや筋が見えるものがあります。割れた岩の内部に、黄色や褐色の鉱物の帯が現れる場合もあるでしょう。これらは単なる汚れではなく、団塊の内部に生じた割れ目を鉱物が埋めた跡です。
このような内部構造を持つ団塊の名称が、セプタリアン・コンクリーションです。モエラキの割れ目では、主に方解石が見つかり、少量の石英やドロマイトも確認されました。外見は一つの球でも、本体の形成と、割れ目への鉱物の沈殿には順序があったのです。
1985年の研究は、本体と割れ目の鉱物に含まれる元素を比較し、形成過程で水の化学的な条件が変わったことを示しました。球をつくる段階から割れ目が埋まる段階へと、地中の水との反応が続いていたことになります。
この模様を、溶岩が冷えて割れた柱状節理と同じものと考えることはできません。モエラキの巨石は堆積物の中でできた団塊であり、溶けた岩石が球状に冷え固まったものではないためです。
数千万年前の地層と、球が固まるまでの時間
モエラキの団塊を包んでいたのは、古い海の泥が固まった地層です。ニュージーランドの公的な解説では、形成の背景をおよそ6000万年前の海に置いています。ただし、「そのころの地層から出る」ということと、「球ができるのに6000万年かかった」ということは同じではありません。
大きな団塊の成長に約400万年かかったという推定もあります。これは1985年の研究で、成分が泥の中を拡散するモデルなどから求められたものです。実際に成長を観察して測った時間ではありません。
一方、2018年に名古屋大学などの研究グループが発表した日本各地の球状団塊の分析では、従来の推定より非常に速い形成が示されました。鉱物の濃度が団塊の縁で急に変わる幅などから、成分の拡散と反応が進む速さを検討した研究です。
この研究結果だけで、モエラキのすべての巨石や内部の鉱物脈まで、同じ短期間に完成したとは断定できません。しかし、岩の直径が大きいことと、形成時間が必ず長いことも同義ではありません。地層の年代、団塊本体の形成、割れ目の充填は、それぞれ異なる時間の情報なのです。
丸い岩を砂浜へ取り出した、海岸の侵食
地中で固まった団塊は、どうやって浜へ出てきたのでしょうか。比較的軟らかい周囲の泥岩が海岸の侵食で失われ、固い団塊が取り残されました。波は主に球を丸めたのではなく、埋もれていた球を地表へ現したのです。
浜に出たあとも、岩が永久に元の形を保つわけではありません。割れ目や内部の弱い部分から崩れ、球の一部を失ったものも残っています。丸い岩、崖から出かけた岩、割れて内部を見せた岩は、まったく別の地形ではなく、露出と侵食の異なる段階です。
モエラキの浜では、波打ち際の数分間と、地層に刻まれた数千万年が同じ場所に重なります。目を引くのは整った丸さでしょう。けれども、その輪郭をつくった化学反応と、輪郭を地表へ取り出した侵食を分けると、この海岸が残している時間の長さまで見えてくるのです。
参考資料
- Department of Conservation:Moeraki area
- University of Otago:Moeraki boulder: Otago Museum(団塊と堆積物のセメント作用)
- Boles・Landis・Dale(1985):The Moeraki boulders: anatomy of some septarian concretions(国立図書館収録の論文要旨)
- Thyne・Boles(1989):Isotopic Evidence for Origin of the Moeraki Septarian Concretions, New Zealand(著者公開ページ)
- Te Ara:Roadside Stories: The Moeraki boulders
- Yoshidaほか(2018):Generalized conditions of spherical carbonate concretion formation around decaying organic matter in early diagenesis