パプアニューギニアでは、海岸から離れた島の奥の高地にも、大きな農村社会が育ってきました。急峻な山ばかりの場所で、多くの人が暮らせるのはなぜでしょうか。山々の間にはワギ谷などの広い谷や盆地があり、その土地と周囲の斜面を利用する農耕が、暮らしを支えています。
人々が暮らしを築いたのは、標高だけで決まる「涼しくて肥えた楽園」ではありません。気温と地形に合う作物を選び、水を抜き、土を盛り、さまざまな土地を使い分けてきた場所です。古い農耕の歴史と、後から加わったサツマイモの役割を分けると、高地に多くの人が暮らす背景が見えてきます。
山頂ではなく、山の間の谷と斜面
ニューギニア島の中央には高山が連なっていますが、高地の集落がその山頂に集中しているわけではありません。重要なのは、山間の比較的広い谷、盆地、緩やかな斜面です。ワギ谷などでは、標高1,400〜2,000メートルほどの土地にも耕地と集落が広がってきました。
山地を遠くから眺めると、目立つのは稜線です。しかし暮らしを支えるのは、その間にある土地の広さや傾き、水の状態。細い谷しかない場所と、畑を広げられる盆地とでは、同じ標高でも食料をつくる条件が違います。
また、赤道に近いこの地域では、高度が気温に大きく影響します。高地は低地より涼しい一方、年間の日の長さの変動は日本ほど大きくありません。緯度が高い地域の「標高2,000メートル」と、熱帯の高地の同じ標高を、同じ農業条件と考えることはできないのです。
水が豊富な土地で必要になる排水
雨が多いことは、農業にいつでも有利なのでしょうか。水がたまりやすい谷底では、むしろ余分な水が問題になります。土の隙間が水で満たされると、作物の根が必要とする空気が不足しやすいためです。
高地では、溝を掘って水を逃がす方法や、土を盛って栽培する場所を高くする方法が発達してきました。水を畑へ引く灌漑とは逆に、水を畑から出すことで耕作条件を整える技術です。
土地利用と排水の役割を示す模式図で、ワギ谷やクック遺跡の実測図・復元図ではありません。標高、傾斜、畑の寸法や水位は比例しません。排水の流れは紙面の奥行き方向にあるため省略し、栽培法が地域や時期で異なることにも注意しています。
低く平らな土地ほど、手を加えずに使いやすいとは限りません。水はけのよい斜面にも利点があり、湿地の縁を排水した畑と、乾いた斜面の畑を組み合わせることもあります。一枚の畑だけでなく、谷全体の中で違う条件の土地を使い分けてきたのです。
土の肥沃さも、火山灰があるという一言では説明しきれません。もとの岩石や土壌に加え、草などの有機物を入れること、耕作と休閑の期間、水はけの管理が収穫を左右します。人口を支える土地は、自然から与えられただけでなく、労働と知識によって維持されてきました。
約7,000年前の農耕を伝えるクック遺跡
高地の農耕の古さを示す場所が、ワギ谷のクック初期農耕遺跡です。海沿いの低地ではなく、標高約1,500メートルの高地にあります。
ここでは約7,000〜6,400年前の盛り土を使う栽培の痕跡が確認され、その後の時代には排水溝が掘られました。地中に残った古い地表や溝の跡から、湿った土地を農耕に使うための工夫をたどれます。
重要なのは、初期の農耕をコメや小麦の栽培だけで考えないことです。ニューギニアでは、タロイモやヤムイモ、バナナなど、茎や芋などの一部を植えて増やせる植物が大きな役割を果たしました。穀物を種から育てる農業とは違う経路でも、人は植物を選び、増やし、栽培する環境を変えてきたのです。
クック遺跡は、農耕が世界の複数の地域で独自に発達したことを示す重要な例です。ただし、約1万年前までさかのぼる土地利用の可能性と、より明確な農耕の証拠は同じではありません。耕作には中断や変化もあり、同じ作物を同じ方法で1万年間つくり続けた、という歴史ではないのです。
古い農耕社会を変えた、後発のサツマイモ
今日の高地の食生活を考えるうえで欠かせないサツマイモは、古くからあった農耕に、後から加わった作物です。起源はアメリカ大陸にあり、高地への普及は農耕開始から何千年も後のことでした。
サツマイモには、比較的やせた土や涼しい土地でも収穫を得やすく、つるを植えて増やせる利点があります。場所や栽培法によって違いはありますが、この新しい作物が、従来とは異なる土地の利用や生産の拡大を後押ししました。
増えた食料は人だけを養ったわけではありません。サツマイモを餌にする豚の飼育とも結びつきました。豚は食用であると同時に、贈与や儀礼的な交換でも重要な存在です。畑での収穫量の変化は、人間関係や交換の規模にも影響したと考えられています。
ただし、新しい作物が届いた瞬間に社会全体が一変したわけではありません。導入と、その後の人口増加や交換の拡大には時間差があり、地域ごとの経過も異なりました。サツマイモは高地社会を生んだ唯一の原因ではなく、すでに長い歴史を持つ社会の選択肢を広げた作物なのです。
標高が高いほど住みやすいわけではない理由
高地の涼しさには利点がありますが、さらに上へ行けば寒さが制約になります。栽培できる作物の種類は減り、霜が作物を傷める場合もあります。
サツマイモも霜や長い水没に強い万能作物ではありません。排水によって土の水分はある程度変えられても、広い地域の気温や急な斜面を自由に変えることはできません。農業技術は自然条件を調整する力であって、その制約を消し去る力ではないのです。
低地には低地の食料生産があります。サゴヤシなどの樹木資源、畑作、漁労を組み合わせる暮らしを、高地の芋作りと同じ物差しで測るのも不適切です。「高地は人が住める、低地は住めない」という二分法では、島内の多様な生活を説明できません。
パプアニューギニアの高地で人口を支えてきたのは、山の間に利用できる土地があったことと、その土地に合う農耕を人々が積み上げたことです。盛り土や排水溝のある畑は、山奥に偶然残った耕地ではありません。水と土と作物の関係を調整してきた、長い技術の歴史そのものなのです。
参考資料
- Golson(2017):An Introduction to the Investigations at Kuk Swamp。クック遺跡とワギ谷、山間盆地の地理的背景。
- Bourke(2017):Environment and Food Production in Papua New Guinea。高度と気温、土壌水分、作物の生育条件。
- Ballard(2017):The Wetland Field Systems of the New Guinea Highlands。高地の湿地農耕と排水、立地の違い。
- UNESCO World Heritage Centre:Kuk Early Agricultural Site。Outstanding Universal Value欄に記載された盛り土・排水溝の年代と、断続的な土地利用の評価。
- Denham(2017):Domesticatory Relationships in the New Guinea Highlands。栄養繁殖による栽培、畑・森林・低地を含む食料獲得の多様性。
- Bayliss-Smith・Golson・Hughes(2017):Phase 6: Impact of the Sweet Potato on Swamp Landuse, Pig Rearing and Exchange Relations。サツマイモの導入と、土地利用・豚の飼育・交換の変化。
- Allen:The Setting: Land, economics and development in the Southern Highlands。土地条件と農業技術の関係。