古い地図に載った緯度・経度を、そのまま今の地図に入力したら、目当ての場所から数百メートル外れてしまった。数字を打ち間違えていなくても、日本では起こり得ることです。建物が移転したわけでも、昔の測量が数百メートルも雑だったわけでもありません。
緯度・経度は、地球に最初から刻まれている番号ではなく、地球の形や座標の基準を決めて初めて求まる値です。その土台に当たる「測地系」が変われば、同じ場所に別の数字が付いても不思議ではありません。さらに精密に位置を扱う段階では、大地そのものが動くため、いつの位置なのかという時間まで必要になるのです。
地球の形だけでなく、置き方まで決める測地系
地球は完全な球ではありません。赤道付近が膨らみ、両極の方向には少しつぶれています。その上には山や谷もあるため、実際の地表の形をそのまま計算の土台にすると、非常に複雑でしょう。
そこで、滑らかな回転楕円体を地球の模型として使います。ただし、楕円体の大きさとつぶれ方を決めるだけでは、まだ地上の場所と結び付きません。模型の中心を実際の地球のどこに置き、軸をどちらへ向けるかも決める必要があるのです。
緯度についても、地球の中心から伸ばした線の角度を測る、という説明では厳密には足りません。地図で使う測地緯度は、基準となる楕円体の表面に垂直な方向と、赤道面との角度です。球なら中心からの方向と一致しますが、楕円体では一般に少し異なります。
模型を変えたり置き方を変えたりすれば、同じ地点に対応する角度も変わり得ます。測地系は、模型、座標の基準、実際の観測によって求めた地点の位置などを通じ、地球上の場所と数値を結ぶ仕組みなのです。
2002年、土地を動かさず変わった日本の座標
日本では2002年4月1日、測量の基準が従来の日本測地系から世界測地系へ移りました。それ以前は、ベッセル楕円体を用い、天文観測で決めた原点の緯度・経度と方位を土台に、全国の測量を組み立てていました。
この旧日本測地系は、日本の中で位置をつなぐ役割を果たしてきたものです。ところが人工衛星を利用する時代になると、国ごとの都合だけでなく、地球全体で共通の位置を扱う必要が大きくなりました。
新しい仕組みでは、地球全体の重心に基づく座標系と、GRS80という楕円体を使います。世界各地の観測点を宇宙測地技術で結ぶことで、国境を越えて位置をそろえやすくなったのです。
国土地理院が示す新旧の比較では、東京付近の緯度は約12秒大きく、経度は約12秒小さくなりました。距離に換算すると、それぞれ約360メートルと約300メートル。これは同じ地点に与える数字の違いであり、東京が一晩で北西へ移動したという話ではありません。
しかも、差は全国共通ではありません。稚内付近では緯度が約8秒、経度が約14秒変わり、那覇付近ではそれぞれ約14秒と約7秒でした。東京で使えた補正量を、別の都市へそのまま持っていくことはできないのです。
座標の数字を保つことと、同じ場所を保つことの違い
二つの測地系の違いは、同じ場所に異なる住所が付いたようなものと考えると分かりやすいでしょう。ただし住所変更とは違い、測地系では地球の形や座標変換の計算が関係します。
単純な平面の例なら、出発点を右へ一目盛りずらすと、動いていない地点の横方向の数値は一つ小さくなります。逆に、出発点だけ変えて以前の数値を使い続ければ、別の場所を指してしまうはずです。
座標の基準と場所の関係を示す、架空の平面上の例です。単位や実在の緯度・経度は表していません。実際の測地系の変換には、楕円体の違い、回転、地域的な補正なども関わり、このような一方向の平行移動だけで済むとは限りません。
古い座標を新しい地図へ載せるときに必要なのは、元の数値を維持することではなく、元の地点を維持するための座標変換です。データの欄にある「日本測地系」を「世界測地系」と書き換えるだけでは、計算は行われません。
測地系の変換と、地図の図法を変える処理も同じではありません。測地系は地球上のどこを指すかという土台に関わり、図法はその曲面を平らな地図へどう写すかに関わります。地図の見た目をメルカトル図法から別の図法へ変えても、元の測地系を取り違えていれば、位置のずれは解消しないのです。
数百メートルの基準変更と、少しずつ動く大地
ここまでのずれは、主に場所を表す基準の違いでした。一方で、大地が本当に動く場合もあります。プレートの運動や地震に伴う変形によって、地面に固定した観測点の位置は、地球全体の座標系に対して変化するためです。
国際地球基準座標系ITRFでは、観測点の位置に加え、その点が動く速さも扱います。ある基準時点の位置を決め、そこから何年経過したかに応じて位置を求める、という考え方が基本です。
たとえば一年に2センチメートル動く点なら、同じ向きの運動が10年続くと20センチメートルになります。これは仕組みを示す仮の計算で、日本全体がこの速さで一方向に動くという意味ではありません。
さらに、大きな地震では単純な一定速度だけでは足りません。ITRF2020では、大地震後に続く変動を表すモデルなども組み合わせ、観測点ごとの動きを扱っています。
日常の町歩きなら気にならない差でも、橋や堤防の測量、地殻変動の観測では無視できません。細かな位置を比較するほど、「同じ測地系か」に加えて「どの時点の位置か」が重要になるのです。
JGD2024という名前でも、全面的な位置変更ではない改定
日本の基準にも、JGD2000、JGD2011、JGD2024といった名称があります。数字が新しくなるたびに、2002年のような数百メートルのずれが再び生まれるわけではありません。
2025年4月1日の改定では、標高成果の更新に伴い、測量成果の名称が「測地成果2024」、測地系の名称が「日本測地系2024(JGD2024)」となりました。しかし、この改定では緯度・経度や平面直角座標の数値は、JGD2011から引き継いでいます。
同じ測地系の名称変更でも、どの成分を更新したかは一律ではありません。高さの基準や計算の更新を、水平位置を全面的に動かす変更と混同すると、かえって不要な補正を加えてしまいます。
また、GPSで使うWGS84と日本の測地系は、世界的な基準との整合が図られています。ただし「世界測地系」という呼び方だけで、いつでも細部まで完全に同じ数値になるわけではありません。高精度の測量では、観測時点と基準時点の違いなども計算に含める必要があるからです。
139度45分と139.75度をつなぐ、表示形式の違い
もう一つ、測地系とは関係なく数字の見た目が変わる場合があります。「度・分・秒」と、小数の度による表示の違いです。
一度は60分なので、139度45分は、139+45÷60=139.75度に相当します。139.45度ではありません。この二つは、測地系を変えなくても、単純な単位の換算だけで結び付きます。
同じ座標の書き方を変えたのか、位置の基準を変換したのか、それとも大地の動きを反映したのか。いずれも数値は変わり得ますが、必要な処理は別々です。
地図に重ねた点がずれるとき、数字を細かく書き直すだけでは解決しないことがあります。小数点以下を何桁並べても、どの基準で場所を表したかという土台が欠けていれば、目当ての地点にはつながらないからです。