世界地図の海には、巨大な山脈も深い海溝も描かれています。一方で、深海の詳しい地形はまだ十分に分かっていない、とも聞くでしょう。地図があるのに、分からない場所が残るのはなぜなのでしょうか。
海底地図には、船から音波を送って測った深さと、人工衛星が測る海面の高さなどを手掛かりに推定した地形が、一緒に使われています。衛星が深海の底を透かして撮影しているわけではありません。地図の見た目が滑らかにつながっていても、その下にある観測の細かさや確かさは、場所によって異なります。
音の往復時間から求める、船の下の深さ
海底に長い定規を下ろさなくても、音を送って戻るまでの時間を測れば、距離を調べられます。鍵になるのは、水中で音が進む速さを別に測っておき、往復にかかった時間と結び付けることです。
ただし、計る時間は片道ではなく往復です。音速を毎秒1,500メートルで一定と仮定し、真下の平らな海底から戻るまでに4秒かかったなら、音の通った道は合計6,000メートル。送受信する機器から海底までの距離は、その半分の3,000メートルです。
音速一定、真下への直線的な伝わり方を仮定した計算例です。往路と復路は見分けるため左右にずらして描いています。船の大きさ、深さ、矢印の間隔は実際の比率ではありません。実測では音速の分布、機器の深さ、船体運動、水位などを補正します。
海水中の音速はおよそ毎秒1,500メートルですが、どこでも常に同じではありません。温度、塩分、圧力などによって変わり、深さごとに音の速さが違えば、進む方向も曲がります。
仮に音速を1パーセント取り違えると、4秒の往復時間から求める距離にも1パーセントの違いが生じます。3,000メートルの測定なら30メートル。電子時計で時間を精密に測るだけでは、海底の位置まで正確になるとは限らないのです。
そこで測量では、水中の音速を深さに沿って調べます。また、得られる距離は船体の機器からの距離なので、海面までの機器の深さや船の動き、水位の基準なども考慮して、海図に載せる水深へ直す必要があります。
一点の測深から、帯状の海底を測るマルチビームへ
船の真下だけを測りながら進めば、航跡に沿った細い線のような情報が集まります。しかし、線と線の間に山があっても、そこを測っていなければ見逃すかもしれません。
マルチビーム測深では、船の左右へ扇形に音波を広げ、多数の方向から返ってくる信号を区別します。船が進むと、線ではなく幅を持った帯として、海底を測れるようになります。
斜めに進む音については、往復時間から得られる距離を、そのまま水深とはできません。真下への深さと、横に離れた距離へ分ける必要があるからです。音がどの方向を通ったか、測定時に船がどちらへ傾いていたかという情報も、位置の計算に関わります。
測れる帯が広くなっても、深く遠いところまで細部が同じように分かるわけではありません。さらに高精細に調べたい場合には、無人潜水機などに機器を載せ、海底へ近づける方法もあります。広域を効率よく測ることと、小さな地形を詳しく測ることは、必ずしも同じ観測で達成できないのです。
人工衛星が測るのは、海底ではなく海面のわずかな起伏
深い海では、人工衛星のレーダーを海底まで届かせて、その反射で水深を測るわけではありません。海面の高さを精密に測り、その下にある質量の偏りを推定します。
海山のように周囲より岩石の質量が多い場所では、その影響で重力場に違いが生じます。海面は重力に従って落ち着くため、静かな平均の海面にも、わずかな盛り上がりなどが現れるのです。
海面・海底・衛星の位置関係を示す模式図です。海面の起伏、山の大きさ、観測高度の比率は実測と異なり、大きく誇張しています。海面は海底の形をそのまま写すわけではなく、潮汐・海流・地下の密度なども観測や推定に関わります。
これは、海山が水を下から押し上げているという説明ではありません。岩石と海水の質量分布がつくる重力の違いを、海面の高さを通じて調べる方法です。海面の形は、海底の形を同じ縮尺で写したものではありません。
しかも実際の海面には、波、潮汐、海流などによる変化もあります。海底地形の推定には、それらを考慮しながら、何度も観測した高さの情報から重力に対応する成分を取り出す作業が必要です。
衛星は広い海を繰り返し観測できる一方、海底のすべての細部を直接測る装置ではありません。厚い堆積物や地下の密度の違いも重力に影響するため、海面の高さ一つから海底の形が唯一に決まるわけではないのです。
SWOTが浮かび上がらせた、海底の低い丘の列
衛星からの推定も、技術の進歩によって詳しくなっています。2022年に打ち上げられた米仏共同の衛星SWOTは、海や湖、川の水面の高さを測るためのものです。その海面データが、海底の研究にも使われました。
2024年12月に発表された研究では、およそ一年分の観測から、海底の丘や海山などがつくる重力の細かな特徴を調べました。NASAの2025年の解説が紹介する成果の一つは、海洋底に列をなす深海丘陵の把握です。
深海丘陵は、大洋の底を平坦な床だと思っていると見落としやすい地形です。海底が広がる場所での断層運動や火山活動と関係し、丘の向きや並びは、プレートが広がってきた歴史を知る手掛かりになります。
ただし、この成果を「衛星が海底全域を詳しく実測し終えた」と言い換えるのは正確ではありません。示されている重力の特徴と、各地点の水深そのものは別の量です。従来より小さな地形の存在を推定できることと、その地形を船で細かく測ることは、役割が違います。
一枚の海底地図に混ざる、実測値と推定値
世界規模の海底地形データGEBCOは、船などによる測定と、観測の少ない場所の推定を組み合わせています。たとえば2025年版は、経緯度15秒間隔の格子で高さを提供していますが、すべての格子点を同じ方法で直接測ったわけではありません。
15秒は、一度の240分の1です。南北方向ならおよそ460メートルの間隔になりますが、「海底の460メートルおきに測量船が必ず立ち寄った」という意味ではありません。これはデータを並べる間隔であり、元になった測定の密度とは別なのです。
GEBCOの2025年版には、数値の元になった情報の種類を示すTIDというデータも添えられています。マルチビーム、単一ビーム、衛星由来の重力による推定、コンピューターでの補間などを区別するためです。
地形図の色が途切れず塗られていても、ある場所は多数の測深値に基づき、別の場所は間接的な推定に頼っていることがあります。画面上の画素を増やして細かく表示しても、元の観測より細かな山や谷が新たに分かったことにはなりません。
全体を捉える衛星と、現地を確かめる船の分担
広い海のどこに目立つ山や海底の裂け目がありそうかを、衛星の情報から推定する。その上で船が近づき、形や深さを詳しく測る。さらに必要なら潜水機で接近し、岩や生物を観察する。観測範囲と細かさの異なる手段を重ねることで、海底の理解が進みます。
音波の戻り方も、時間だけではありません。反射の強さには、海底の硬さや粗さ、音が当たる角度などの影響が含まれます。ただし、強く反射したから特定の岩石だと一意に決まるわけではなく、映像や採取試料などとの照合が役立ちます。
したがって「地形を測った」「岩の種類を確認した」「生物を観察した」は同じ到達点ではありません。海底地図があれば、もうその海域のすべてが分かっている、とはいえないのです。
地球の海は、何もない空白から、突然完全な地図へ変わるわけではありません。粗い全体像に船の細かな観測が加わり、推定の部分が確かめられ、ときには修正されます。地図に山や谷が描かれていても、まだ測る仕事が残っている理由は、そこにあります。