同じ島の海岸線なのに、資料によって長さが違う。しかも、詳しい地図で測り直すと、それまでより長くなることがあります。島が膨らんだわけでも、計算を間違えたわけでもありません。
海岸線の長さは、どこまで細かな曲がりを追うかによって変わります。大きな湾を一つの曲線として扱うのか、その中の入り江や岩の出っ張りまでたどるのか。一本の線に見える海岸にも、測る細かさという、数字だけでは伝わらない条件が含まれているのです。
長い物差しが飛び越える、小さな入り江
海沿いの二地点を結ぶとき、岬の先端から次の岬まで直線を引けば、その間の湾を横切ります。一方、湾の奥まで海岸に沿って進めば、当然ながら道のりは長くなるでしょう。
大きな湾の中には小さな入り江があり、その岸にもさらに細かな凹凸があるため、同じ問題が大きさを変えて現れます。長い物差しで海岸を区切る方法では、物差しより小さな凹凸の多くを、まっすぐな線でつないでしまうのです。
物差しを短くすると、飛び越えていた曲がりに沿えるようになります。海岸そのものは変わらなくても、測る線の折れ曲がりが増え、合計の長さが増える。これが「海岸線のパラドックス」と呼ばれる問題の出発点です。
キロメートルをメートルへ換算するだけなら、長さは変わりません。1キロメートルは1,000メートルのまま。変わるのは単位ではなく、測定に取り込む地形の細かさです。
同じ輪郭でも、9キロメートルにも16キロメートルにもなる理由
仕組みを確かめるため、両端が9キロメートル離れた、折れ曲がる海岸の模型を考えましょう。まず両端を直接結べば、長さは9キロメートルです。
次に、中央の3キロメートルを、正三角形の二辺に当たる迂回路で置き換えます。左右の平らな部分と合わせて、3キロメートルの線が四本。合計は12キロメートルになりました。
さらに各部分の小さな曲がりまで追うと、今度は1キロメートルの線が16本。両端の位置を動かさなくても、たどる道のりは16キロメートルになります。下図では、同じ灰色の輪郭に対し、追う曲がりの細かさだけを変えています。
実在の海岸ではなく、コッホ曲線を三段階まで構成した数学模型です。灰色の形は三枚とも同一で、測定経路だけを変えています。両端間を9キロメートルと仮定した計算例であり、現実の海岸の長さが常に3分の4倍で増えるという意味ではありません。
これは実在の島を測った値ではなく、コッホ曲線という数学的な形を使った例です。現実の海岸が必ず同じ割合で長くなる、という意味ではありません。ただ、細かな形を省くことが長さにどう響くかを、計算で確かめられます。
1967年のマンデルブロが注目した、細部の増え方
数学者ブノワ・マンデルブロは1967年、イギリスの海岸の長さを題材とする論文を発表しました。そこで扱ったのは、正しい長さを一つ選ぶ問題だけではありません。測定の細かさを変えたときに、長さがどう増えていくかという関係でした。
まっすぐな線なら、細かく分割して測っても総延長は変わりません。滑らかな円でも、短い線分で近似していくと、長さは円周という一定の値へ近づきます。ところが入り組んだ海岸では、地図を詳しくするたびに、まだ数えていなかった曲がりが現れます。
大きな湾と小さな入り江が、完全に同じ形というわけではありません。それでも、拡大しても複雑さが似た仕方で現れる場合があります。マンデルブロが論じた「統計的な自己相似性」は、こうした関係です。
フラクタルの考え方では、長さが一つに落ち着くかどうかだけでなく、細かく測ったときの増え方にも注目します。同じ10キロメートルという数値でも、ほぼまっすぐな岸と、非常に複雑な岸とでは、測定の細かさを上げたときの変化が異なるからです。
数学の「無限」と、現実の砂浜の違い
先ほどの模型で、どの線分も同じ規則で置き換え続けると、一段階ごとに長さは3分の4倍になります。9、12、16、約21.3と増え、回数を限りなく増やした数学上の極限では、長さに上限がありません。
しかし、現実の砂浜が「歩いても永遠に一周できない」という話ではありません。模型では同じ規則を無限回使うと約束しましたが、自然の海岸にその約束はありません。
岩場を拡大すれば、やがて砂粒や水の膜を扱う大きさになります。波も寄せては返し、同じ時刻の境界をそのまま保つことさえ難しくなります。その段階で測っているものを、地図に描く陸と海の境界と同一視するのは適切ではないでしょう。
現実の測量では、目的に合う細かさを定めます。どんな測定も無意味になるのではなく、「どの条件で測った長さか」を含めて、比較可能な量にするわけです。
満潮の線か、湾の奥や島まで含める線か
海岸線の数字が違う理由は、物差しの長さだけではありません。そもそも何を海岸として数えるかにも、選択があります。
国土地理院の地図記号では、海岸線は満潮時の陸地と海面の境界です。干潮時の水際をそのまま使うわけではありません。遠浅の干潟なら、潮が引いたときの水際は、満潮時の岸から大きく離れる場合があります。
また、国の外側を囲む岸だけを測るのか、湾や入江の奥、河口から潮の影響を受ける川、周辺の島の岸まで合計するのかによっても、対象は違ってきます。島が多い国では、小さな島の周囲を足し合わせる効果も無視できません。
米国海洋大気庁NOAAが公表する海岸の総延長には、外海に面した岸のほか、島や湾などの岸も含まれています。元になったのは、1930〜1940年と1970年の測定。現在閲覧できる公的ページの数値であっても、最新の衛星画像で全国を一斉に測り直した値とは限りません。
海岸の変化と、地図が詳しくなった効果
古い地図で測った長さと新しい地図で測った長さを比べ、後者が長ければ、侵食や埋め立てで海岸が変化したのでしょうか。数字だけからは、そう結論できません。
仮に古い地図が小さな入り江を省き、新しい地図がその奥まで描いていれば、地形が動かなくても延長は増えます。逆に、湾を埋め立てて岸を直線的にすると、土地の面積が増えても、海岸線は短くなることがあります。面積の増減と周囲の長さの増減は、連動するとは限りません。
実際の変化を調べるには、同じ水位の基準、同程度の測定の細かさ、同じ範囲で比較する必要があります。その条件をそろえて初めて、波に削られた岸や新しく造られた護岸の影響を、測り方の違いから分けられます。
海岸線の長さは、島や国に最初から一枚の札のように付いている数字ではありません。陸と海の入り組んだ境界を、一定の方法でたどった結果です。長さとともに測定の条件を知ると、資料ごとの違いにも、具体的な理由を見つけられるようになります。