川の長さは、山と海の距離だけでは決まりません。間をまっすぐ結ぶのか、平野を何度も折り返すのかによって、流れる道のりは大きく変わります。北海道の石狩川は、その道のりを人の手で短くした代表的な川です。
大きく蛇行する部分に短い新水路を通し、川の流れをそちらへ移す「捷水路」の工事が繰り返されました。目的は川の長さの順位を変えることではありません。洪水を流れやすくし、水の抜けにくい平野を変えることが、長さを縮める工事につながったのです。
石狩平野を遠回りしていた、大きな蛇行
石狩川は、大雪山系に源を持ち、山地から広い平野へ下って日本海に注ぎます。下流の平野では土地の傾きが小さく、川は大きく曲がりながら流れていました。現在も沿川には、かつての川筋を示す細長い湖沼が残っています。
蛇行する川では、曲がりの外側の岸が削られ、内側に土砂がたまりやすくなります。ただし、川全体が単純に一方向へ移動するわけではありません。大きな出水では別の近道が開き、古い曲がりが本流から切り離されることもあるのです。
この自然に起こりうる短絡を、狙った場所で工事として行うのが捷水路です。石狩川では曲がりをすべて埋め戻したのではなく、根元を結ぶ近道を掘り、そこへ本流を通しました。その結果、以前の大きな弧が旧川として残ったのです。
上から見た一般的な捷水路の模式図です。石狩川の特定工区の実測図ではなく、旧川と本流の接続は工事後の管理によって異なります。
同じ高さの差を、短い道のりで下る効果
出発点と到着点の高さが同じなら、十キロメートルを回り込む道と五キロメートルの近道では、どちらの平均勾配が急になるでしょうか。答えは近道で、同じ落差を半分の距離で下るためです。川の短絡でも、この距離当たりの落差の変化が効いてきます。
この変化は、川が水を流す能力に関わります。実際の流速は水深や川幅、川底の粗さにも左右されますが、同じ地点間で流路を短縮することは、水位を下げながら洪水を通すための手段になります。
川の水位が下がれば、周囲の土地にたまった水を川へ排出しやすくなります。低い石狩平野では、堤防で外からの水を防ぐだけでなく、内側の湿地や農地の水を抜くことも重要でした。捷水路工事は、本流の洪水対策と平野の排水の両方に関係していたのです。
ただし、近道をつくるだけで、上流から下流まで一律に安全になるわけではありません。流れが強まれば川底の削れ方が変わり、土砂や洪水が下流へ届く過程にも影響します。そのため、川幅や堤防、支川との合流点などを含めた整備が必要になります。
約60キロメートルと約100キロメートルの違い
石狩川の短縮については、「約60キロメートル」と「約100キロメートル」という異なる数字を見かけます。どちらか一方を選んで済ませると、工事と川の変化の範囲が混ざってしまいます。
国土交通省の石狩川の歴史では、1918年から1969年までに29か所の捷水路工事を行い、河川延長を約60キロメートル短くしたと説明しています。これは、約半世紀にわたる捷水路事業として示された値です。
一方、北海道開発局の技術史には、石狩川全体で自然に起きた短絡も含めると、約100キロメートルの河道が短くなったとあります。工事で短くした分と、長い期間に川筋が変わった総量は、同じ集計ではありません。
川の長さは、どの時点の流路を、どの区間まで測るかによって変わります。石狩川の場合、数字の差そのものが、人の工事だけでなく、自然の流路変化も重なっていることを示しているのです。
生振の新水路と、平野を変えた半世紀の工事
本格的な捷水路事業の初期に当たるのが、河口に比較的近い生振の新水路です。1918年に着手し、完成まで13年を要しました。川の曲がりの内側を掘るとはいっても、軟らかい土地に大量の水を流せる道をつくる、規模の大きな工事だったのです。
石狩川の工事では、掘削機や浚渫船も使われました。水路の一部を先に掘って通水し、残りを水中で掘り広げる施工例もあります。水を止めた机上の線を描くのとは違い、川を流したまま流路を切り替える手順が必要でした。
こうした治水・排水の整備は、石狩平野の農地化と都市の発展を支える条件になりました。ただし、平野の変化を捷水路だけの成果に帰すことはできません。支川の改修、排水路、堤防などが組み合わさり、湿った土地を利用する仕組みが整えられていったのです。
旧川に残った水と、流れを失ったあとの課題
本流から切り離された曲がりは、三日月状の河跡湖や旧川として残ることがあります。地図上の細い弧は、昔の流れの輪郭です。ただし、石狩平野の三日月湖がすべて人工的にできたものとは限りません。自然に蛇行が短絡してできた地形も含まれます。
旧川には、本流とは違う穏やかな水辺が生まれます。一方で、水が入れ替わりにくくなると、水質の悪化が問題になる場合もあります。生振捷水路などの工事で生まれた旧川を含む茨戸川では、水環境の改善が取り組まれてきました。
川を短くしたあと、使われなくなった曲がりが消えるわけではありません。そこには水や生きものが残り、別の管理や利用が必要になります。現在の石狩川と周囲の旧川を合わせると、洪水を流すためにつくった直線と、平野に残された曲線の両方に、川と人の歴史が刻まれていることが分かります。