カトマンズの街は、ヒマラヤの山々に囲まれた盆地に広がっています。寺院や住宅の下に、かつて湖底だった地層があると聞くと、現在の街の姿からは想像しにくいかもしれません。
しかし、古い湖の存在は伝説だけの話ではありません。地下に厚くたまった湖の泥、化石の珪藻、昔の岸やデルタに当たる堆積物が、その証拠です。一方、「ある日に堰が切れ、湖が一度に空になった」とするほど、実際の歴史は単純ではありません。
街の地下にある、黒い粘土の記録
カトマンズ盆地の地下にある黒い粘土の多い地層、カリマティ層は、湖の存在を示す重要な手掛かりです。強い流れなら運び去られる細かな粒も、湖の沖合の静かな水中ではゆっくり沈み、厚い泥の層をつくりました。
もちろん、黒い泥があるという一点だけで湖の広さや年代まで決まるわけではありません。砂や礫との重なり方、化石、地層の広がりを組み合わせて、どの場所が川で、どの場所が湖だったのかを判断します。
盆地ではボーリング調査も行われてきました。地下から柱状に取り出した試料は、地表の露頭だけでは届かない古い時代の記録を含みます。現在の道路や建物に覆われた場所でも、過去の水環境を調べられるのです。
同じ湖底でも、沖合と川の入り口は別の地層
川が湖へ入る場所には比較的粗い砂がたまりやすく、細かな泥はさらに沖合まで運ばれます。湖の中でも粒の分布は一様ではなく、岸から張り出すデルタと沖合の湖底には、違う堆積物が残りました。
カトマンズ盆地では、沖合の泥を主体とする地層に加え、川やデルタがつくった地層が区別されています。こうした違いを追うと、湖が広がったり縮んだりした際に、岸がどちらへ動いたかを推定できます。
湖が縮むと、水中だった平らな面が陸へ現れ、そこを川が削れば一段低い川筋ができます。現在の段丘には、こうして水位が変わる途中の地形も引き継がれており、湖の消滅後だけの歴史が刻まれているのではありません。
チョバールの出口が左右した、盆地の水位
現在の排水路は、バグマティ川が南へ抜けるチョバールの峡谷です。周囲を高い山に囲まれていても、この出口が低ければ水は外へ流れ、出口がふさがったり高くなったりすれば、盆地にたまりやすくなります。
出口の高さと水位の関係だけを示した断面模式図です。チョバール峡谷の正確な形や、特定の地震による排水を再現していません。実際の湖では段階的な水位変動が研究されています。
2006年の堆積物研究では、急速な水位低下を示す地層が報告されています。研究者たちは、出口付近をふさいでいた地すべりなどの堆積物が崩れた可能性を提案しました。これは地層を説明する解釈であり、当時の崩壊を直接見た記録ではありません。
この区別は大切です。湖があったことを示す証拠と、水位を急に下げた具体的な引き金の確かさは、同じではありません。地殻の動き、出口の侵食、土砂による閉塞、水の供給が組み合わさって、湖の高さが変わったと考えられています。
一度の排水では終わらない、上昇と低下の歴史
2016年の研究が検討したのは、およそ4万8000年前と3万8000年前の二回の水位低下でした。地震との関係も可能性として論じられていますが、まず確かめたいのは、湖が存在した期間の中でも水位が変わっていたという点です。
別の地形・堆積物研究では、およそ3万年前に盆地の広い範囲へ湖が拡大し、その後に排水と縮小が進んだとされています。これらは同じ一回の出来事に、違う年をつけているわけではありません。調査している場所と、水位変化の段階が異なります。
湖の終わりを考える際にも、中央の深い水域、浅い岸辺、局地的な湿地が一斉に消えるとは限りません。最後まで残る水域があれば、地層の記録に表れる終わりの時期にも幅ができます。「何年前に一瞬で消えた」という説明が難しい理由です。
湖の泥が保存した、昔のモンスーン
湖の堆積物から分かるのは、水があった場所だけではありません。花粉は周囲にどんな植物があったかを、珪藻の殻は水中の環境を考える手がかりになります。湖底は、周辺の気候の変化をため込む場所でもありました。
カトマンズ盆地では、長い堆積物の記録を使って、過去のインド・モンスーンやヒマラヤ周辺の環境が研究されています。ただし、珪藻の種類の変化が、そのまま気温だけを表すわけではありません。湖の深さや水質、流入する水なども影響します。
かつての湖は、現在の街の下で単なる泥になって消えたのではありません。出口が変わり、水位が上下し、周囲の植物や水中の生物が変化した証拠を残しています。山に囲まれたカトマンズの平らな土地は、湖が埋まり、排水され、その堆積物を川が刻んできた歴史の上にあるのです。
参考資料
- Sakai:The Kathmandu Basin: an archive of Himalayan uplift and past monsoon climate(2001年)
- 酒井ほか:ゴカルナ層からの急速な湖水準低下を示す堆積物の発見(2006年)
- Sakaiほか:Two times lowering of lake water at around 48 and 38 ka(2016年)
- Saijo・Kimura:Expansion of an ancient lake in the Kathmandu basin(湖の最大拡大とその後の縮小)
- 林ほか:古カトマンズ湖における珪藻の古生態(2012年)